古川琴音が主演を務める特集ドラマ『アイドル』(NHK総合)が、8月11日に放送された。テーマは「戦争とアイドル」。昭和初期から終戦間際まで営業を続けた劇場「ムーラン・ルージュ 新宿座」のトップスターであり、元祖アイドルと呼ばれる明日待子の青春期を描いた物語である。
誤解を恐れずに言えば、この作品は終戦記念日を前に戦争を主題にした毎年恒例のドラマの一つだ。もしかすると華やかなレビューやエンターテインメントショーと娯楽が禁止された戦時下とでは相容れぬイメージがあるかもしれないが、この『アイドル』はこれまでの作品とはまた違った角度から戦時色を帯びていく世の中のムードや戦地に向かう兵士たち、自らの立場に葛藤するアイドルらの思いをありありと映し出している。
まず筆者が驚いたのは、現在と変わらぬアイドルの在り方だ。昭和と令和の間のおよそ80年余りで人々の価値観や取り巻くメディアの形は大きく変わったが、アイドルの根本にあるものはさほど変わっていないように思える。
ムーランと同時代、または先駆けの存在として宝塚歌劇団や松竹少女歌劇団がいた(同じく「戦争とアイドル」をテーマにした8月10日放送の『歴史探偵』(NHK総合)を観れば、さらに多角的に作品を楽しむことができる)。ムーランの定員は400人。目と目でアイコンタクトを取れるくらいの小さな劇場に多くの有名作家や兵士が通い詰めたという。まさに会いに行けるアイドルとしての存在は、AKB48をはじめとする今のアイドルと通ずるものがある。楽屋に貼られた「恋愛禁止」の文字、公演後のツーショット撮影会やサイン会、熱狂的なストーカーの存在……と『アイドル』はオリジナル作品のためフィクションも混ざっている可能性もあるが、良くも悪くもアイドルとしての形は始めから形成されていたことが分かる。
そして、豪華キャストを迎えた劇中のステージショーにも触れなければならない。脇を固めるのは、宝塚歌劇団出身として今も多くのファンに愛される愛希れいかを筆頭に、山崎育三郎や田村芽実、つばきファクトリー/BEYOOOOONDSのメンバーという、現役を含めたミュージカルやアイドル出身の面々。特に物語と親和性の高い宝塚で月組トップ娘役を担った愛希の存在感、説得力は絶大だ。
ムーランは支配人の佐々木千里(椎名桔平)の方針によってショーが大きく変容していくこととなる。待子の憧れの人であり、先代とも言える高輪芳子(愛希れいか)をトップにしたショーの売りは「色気」。それは見目麗しい愛希の卓越したパフォーマンス力あってのものでもある。芳子が一線から退いてからは待子をセンターに、歌も踊りも未熟な彼女の成長を見守る劇場スタイルに切り替えていく。やがて待子は実力も認められたトップスターへと躍進していくが、こうした成長や物語性を売り文句にした部分も今のアイドルシーンに多く見受けられる。ちなみに古川は多くの舞台経験者に囲まれたステージでしっかりとセンターを張れるよう、撮影の1か月前から個人レッスンに励んでいたという。努力の賜物だ。
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