Wednesday, April 26, 2023

がん治療のリアル・遺伝子でわかること:2度の治験経て娘の結婚式に - 毎日新聞

長女の結婚式でバージンロードを歩く青山政弘さん(中央)=青山さん提供 拡大
長女の結婚式でバージンロードを歩く青山政弘さん(中央)=青山さん提供

 白百合に彩られたバージンロードが目の前に延びていた。長女と腕を組み、一歩ずつ進んだ。2022年4月、大阪市内のホテル。長女は純白のドレスに身を包んでいた。「我が子ながら、きれいになったな」

 これまでの闘病生活が思い出された。

 11年前、ステージ4の肺がんと診断され、死の淵に立たされた。長女は高校1年生だった。

 「ここまで生かしてほしい」と、いくつか目標を立てた。一番遠くにあった娘の結婚式が、いま現実になった。

 披露宴で、長女は思いをつづった手紙を開いた。「パパは、私が高校生の頃から重い病気を抱えているにもかかわらず、いつも明るく、つらい顔、苦しい顔一つ見せず育ててくれました」「私には計り知れないくらいの困難があったと思うけれど、本当に、本当に、生きていてくれてありがとう」

 朗読を聞いて、涙が止まらなかった。

告知

 医師の言葉に目の前が真っ暗になった。

 11年10月、当時45歳の青山政弘さん(56)は、健康診断をきっかけにがんが見つかった。医師にはステージ4と告げられた。もう手術ができる状態を過ぎていた。「俺、死ぬんだ」。頭の中で繰り返しつぶやいた。

 気付くと、スリッパのまま病院の外に出ていた。街路樹は色づき始めている。

 「来年の紅葉は見られないのかな」

医師が青山政弘さんに示した手書きのメモ。「手術× 放射線治療× 抗がん剤○」とある=大阪市北区で2023年2月14日午後3時10分、原田啓之撮影 拡大
医師が青山政弘さんに示した手書きのメモ。「手術× 放射線治療× 抗がん剤○」とある=大阪市北区で2023年2月14日午後3時10分、原田啓之撮影

 生命保険会社で働く青山さんは、進行した肺がん治療の厳しさを知っていた。がん研究振興財団が発行する「がんの統計」の11年版をひもとくと、ステージ4の肺・気管のがんの場合、5年後の生存率はわずか4・8%だった。

 その晩、病室のベッドで、パソコンを開いた。自分の死後の家計をシミュレーションした。生命保険金が支払われ、住宅ローンの返済は免除される。高校1年の長女、小学6年の長男の教育費や生活費は賄える計算だった。「ぜいたくはできないけど、大丈夫だ」

新たな薬に懸けた

 医師は、開発中の薬の治験(臨床試験)への参加を提案した。青山さんは迷うことなく承諾した。紹介されたのは、分子標的薬というタイプの薬。がん細胞の増殖などに関わる遺伝子変異を目印に作用する。

 米国で09~12年に肺がん患者に行われた研究では、分子標的薬を投与した患者の生存期間の中央値は3・5年で、投与されていない患者の2・4年より長かった。特定の遺伝子変異をもつ患者には、有効な可能性がある。

 青山さんが提案された治験は、「ALK(アルク)」という遺伝子変異のある肺がん患者が対象だった。青山さんは検査で変異が見つかり、参加条件をクリアした。

 治験ならではの「運命の分かれ道」にも立たされた。参加者は薬の効果を比較するため、治験薬を投与するグループと、従来の抗がん剤を投与するグループに分けられた。青山さんは前者に入ると、ほっとした。

 近畿大病院(大阪府)での治験を始め、1、2カ月で効果が表れた。肺がんは縮小し、胸にたまった水は消えた。薬の副作用で下痢が続いたが、仕事は続けられた。「ひょっとしてこのままいけるんじゃないか」と期待した。

繰り返す転移

 生きる希望となったのは子どもたちの姿だった。

 「娘の大学進学を見届けたい。できれば成人式の振り袖姿を見たい」「息子が高校野球をする姿を見たい」と願いを立てた。最後は長女の結婚だった。14年4月、長女が大学に入り、一つ目の夢がかなった。

 だが、その翌日、脳への転移を告げられた。青山さんは、放射線を精密に照射する「サイバーナイフ」という装置を使った治療に踏み出した。100近い腫瘍を一つ一つ治療するため、神奈川県の病院に通った。翌年には長男が高校の野球部に入った。試合観戦が楽しみとなった。

 その間も、がんは骨、リンパ節に広がった。

 近畿大病院の主治医は、二つ目の治験参加を提案した。これも分子標的薬だ。青山さんは「断る選択肢はない」と即決。がんは再び縮小した。

 青山さんは今も服薬している。ただ体調に変化はなく、仕事を続けている。還暦が近付き、以前は考えられなかった「老後」が視野に入ってきた。「医学と薬の進歩、そして医師に恵まれた」と感じている。

 青山さんが治験に参加した二つの薬は、効果が認められ、国に承認された。いま多くの人に利用されている。

サバイバーの姿

 「青山さんはタイミングが良かった」。主治医の田中薫医師(近畿大病院腫瘍内科)は話す。発症がもう少し早ければ、薬の治験すら始まっていなかった。

 研究者が作る最新の診療指針では、青山さんと同じステージ4の「非小細胞肺がん」の場合、まずは遺伝子検査を行うようになった。ALKなどの遺伝子変異があれば、分子標的薬を検討する。

 薬の長期服用の弊害など分からないことは多く、分子標的薬はまだ研究の途上にある。ただ、薬の投与を続け、10年以上の長期にわたって生存する人が出てきた。

2度の治験に参加して肺がん治療を続ける青山政弘さん=大阪市北区で2023年2月14日午後3時6分、原田啓之撮影 拡大
2度の治験に参加して肺がん治療を続ける青山政弘さん=大阪市北区で2023年2月14日午後3時6分、原田啓之撮影

 田中さんは言う。「青山さんは決して特別ではない。新しい形のがんサバイバーが出てきている」【原田啓之】

Adblock test (Why?)


からの記事と詳細 ( がん治療のリアル・遺伝子でわかること:2度の治験経て娘の結婚式に - 毎日新聞 )
https://ift.tt/3xpWb6V
Share:

0 Comments:

Post a Comment