昨年大みそかの第74回NHK紅白歌合戦は、令和3年以来2年ぶりの紅組勝利で幕を閉じた。「ボーダーレス」をうたって国際色や企画色を強めたステージが華やかに展開される一方で、落ち着きのない進行が歌の余韻を台無しにする場面もみられた今回の紅白。時代の変化の中で、紅白は「音楽の力」をどのように届けることができたのか。
白組惨敗の背景に旧ジャニーズ問題
審査員投票で7対1、会場審査員投票で1453対883、そして視聴者審査員投票で394万3182対245万7277と、いずれにおいても紅組に軍配が上がる圧勝だった。
昨年の紅白は、ジャニー喜多川氏の性加害問題で、昭和55年以来連続で出場してきた旧ジャニーズ事務所所属の人気グループの出場が44年ぶりにゼロとなった。白組の惨敗は、その影響が大きかったか。
ただ、昨年の紅組にはAdo、YOASOBIといった特に注目度が高かった歌手、グループが顔をそろえた。
YOASOBIが、昨年最大のヒット曲「アイドル」を国内のテレビ放送で初めて披露し、出場歌手らが相次ぎダンスで競演したのは、昨年の紅白最大の見せ場だった。紅組圧勝は納得のいくところでもある。
K-POPは潮流反映
旧ジャニーズタレントの空席を韓国のK-POP陣と、デビュー25周年の椎名林檎さん、50周年のさだまさしさんら周年歌手で埋めたかという印象も受けた。
日本人で構成する男性11人組のJO1、女性9人組のNiziUを含めると、昨年は韓国関連のダンスボーカルグループが、紅白合わせて7組出場した。
一昨年に韓国でデビューし、いわゆる日本デビュー前の女性5人組NewJeansは特別企画枠で登場した。収録だったが、唯一、韓国語歌詞で3曲も踊り、歌った。
いかにも〝特別扱い〟だが、BTSに代表されるようにK-POPは世界的に新たな音楽の潮流を作っている。最新の状況を反映しただけともいえる。
日本レコード大賞も昨年、NewJeansには優秀作品賞と特別賞の2つを与えた。
昨年の紅白は「ボーダーレス」をテーマに掲げた。特別企画で登場した英ロックバンド、クイーン+アダム・ランバートも英語で歌い、外国語歌唱はボーダーレスの象徴と言いたかったのかもしれない。
また、韓国の女性9人組TWICEから派生し、初出場を果たしたMISAMOは、3人とも日本人。TWICEの一員として世界ツアーを展開中で、日本の歌手としてこれまで見たことのない景色を見ていることも事実だ。
新曲を歌わない出場者
演歌歌手で昨年リリースした新曲を歌ったのは、けん玉企画の三山ひろしさんとドミノ倒し企画の水森かおりさんだけだった。
山内惠介さんは昨年、40歳を迎えた勝負曲として出した「こころ万華鏡」を精力的に歌い続けた。
にもかかわらず、紅白では、過去のヒット曲「恋する街角」を東京・浅草の雑踏で歌った。
天童よしみさんも同様に古い持ち歌「道頓堀人情」を、大阪の通天閣前で披露した。
もっとも、天童さんは昨年12月29日、紅白のリハーサル後、報道陣の取材に答え、プロ野球・阪神が日本一になったことに触れ、「前回、阪神が日本一になった38年前の歌を歌えるのはうれしい」と報道陣に語っており、新曲を歌えないことの是非は一概にはいえないようだ。
実際、山内さんと天童さんの演歌だからこそ、年が暮れようとする東京や大阪の街角の風情を切り取れたようなところもあった。
また、若手ロックバンドのMrs.GREEN APPLEや緑黄色社会も一昨年の歌を披露した。どちらも学生の吹奏楽や合唱と共演するという良質な企画に取り組んだ。練習時間確保のためのやむを得ない選択だったのかもしれない。
いずれにしろ紅白が、その年の歌で1年を振り返るのではなく、企画色が強い、悪くいえば、お祭り騒ぎの歌番組に性格を変えつつある印象を今年も与えたのでないか。
蛇足の「勝敗判定」
お祭りで和やかに楽しく年末を過ごせるのならそれもいい。だが、企画が盛りだくさん過ぎたのではないかと思わせる場面もあった。
演歌歌手の石川さゆりさんは、ウクライナの民族楽器奏者、ナターシャ・グジーさんと共演。世界平和への思いを込めて「津軽海峡・冬景色」を歌い上げた。
石川さんの歌唱後、審査員でウクライナ国立歌劇場バレエ芸術監督の寺田宜弘さんが「世界に平和のメッセージが送れた」とコメントしたが、そこにステージ上のハプニングに対応して指示を出すスタッフの声や笑い声が混じった。
三山ひろしさんの「どんこ坂~第7回 けん玉世界記録への道~」では、恒例のけん玉リレーが行われた。いったん成功と発表されたが、失敗していたことが判明し訂正された。
ゆとりある進行だったら、正しい判定ができたのではないか。それ以前に、ギネス記録を狙った企画が、いつまで必要なのか再考の時機かもしれない。
そのほか、司会の有吉弘行さんが、着替えの後、慌てたのか靴を履かずに登場する一幕もあった。
ハプニングは生放送の妙味だが、落ち着きのなさや騒々しさにつながる。その結果、歌の余韻を台無しにするのなら本末転倒であり、全体の構成もまた再考の余地があると思わせた。
「ボーダーレス」をテーマに掲げ、紅白対抗形式で歌うのををやめ、紅白の別を飛び越えた競演で盛り上げながら、最後は相変わらず紅白の勝敗を決めた。もはや調和しないのではないか。根本に関わるが、蛇足でしかないのなら勝敗を決めることは必要なのか。
試される「音楽の力」
昨年11月、ベテランフォーク歌手、松山千春さんは、都内で開いた自身のコンサートで紅白に言及して次のように切り捨てた。
「NHKの幹部が俺の楽屋に来た。紅白についてどう思うかと聞いた。出ないよ。俺は、NHKごときに、ここに立て、あれを歌えと指図されるような歌手じゃない。その姿勢を貫けないなら、フォーク歌手じゃないんだよ」
だが、今年初出場したロックバンド、Mrs.GREEN APPLEの大森元貴さんは、紅白のリハーサルの後、報道陣に「紅白出場はバンド結成当時からの夢だった」と喜びを語った。
このバンドは平成25年に結成。令和2年から一旦、活動を休止し、4年に再開してからパワーアップし、結成10周年だった昨年、紅白初出場を決め、日本レコード大賞も射止めた。
時代が変われば、紅白のあり方も、受け止め方も変わる。
NHKが昨年4月に放送した番組「アナザーストーリーズ 運命の分岐点」で、英ロックミュージシャン、ボブ・ゲルドフさんは「いまの音楽に社会を変える力はない」と話した。1985年に20世紀最大のチャリティーライブを開催したその人だ。
しかし、同じ番組でクイーンのギタリスト、ブライアン・メイさんは「音楽には力があり、悩みを抱える人を励ますことができる」と答えた。
いま、音楽はその力を試されている時代なのかもしれない。
課題は残ったが、総じて華やかで楽しめたのではないか。そして、今年の大みそかで75回目の節目を迎える。視聴率も気になるが、それ以上に、紅白は「音楽の力」をどう届け、それを続けていくのか。そこに注目したい。(文化部編集委員 石井健)
2024-01-01 20:40:46Z
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