Sunday, March 26, 2023

現代社会の問題に通じる「万葉集」:朝日新聞デジタル - 朝日新聞デジタル

 NHK連続テレビ小説舞いあがれ!」で、ヒロインの幼なじみ梅津貴司(赤楚衛二)が万葉集を元にした歌を詠んだことで、若い世代に短歌の関心が高まっている。実は、万葉集には現代の社会問題に通じる内容が詠まれている――。京都・嵯峨嵐山在住の翻訳家ピーター・マクミランさんは、万葉集が現代人の心に生き続ける理由について、そう語る。マクミランさんが、歌に込められた作者の思いについて寄稿した。(河原田慎一)

 万葉集の歌には、とても現代的な面がある。最も分かりやすいのは、歌集の中で多くを占める恋歌で、素直に愛を表現するシンプルな歌が現代のシャイな若者の表現と非常に近い。また訪れた場所や美しい景色を称賛する描写が多くあり、最近のインスタグラムに似ている。時には、インスタに加工した写真をあげるように、言葉を大げさに盛る「言葉加工」をすることもある。

 歌に詠まれた内容からは、子どもの貧困や同性愛など、今に通じる社会的な問題や人々の思いを感じ取ることができる。

 今回は万葉集の中から、三つのテーマを選んで歌を紹介する。

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 天平元(729)年に摂津国(今の大阪府兵庫県)で租税を徴収する班田司(はんでんし)の書記官だった丈部龍麻呂(はせつかべのたつまろ)が自殺した時に、上司の大伴三中(おおとものみなか)が詠んだ歌。火葬の際にのぼる煙を、雲に見立てて詠んでいる。この年は、龍麻呂たち班田司は業務に忙殺されていたらしい。自殺の原因は分からないが、過労がその一因にあったことは十分に考えられるだろう。現代でも過労死や過労自殺が問題となっているが、万葉集の時代にも、同じような問題があったことがうかがえる。

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 天平19(747)年、越中(今の富山県)の国守だった大伴家持(やかもち)が奈良の都に向かう際、部下の大伴池主(いけぬし)へ贈った歌と、池主からの返歌である。2人は公私にわたって大変親密だったようで、この歌は恋歌の様式を採っている。恋人であったかどうかは分からないが、戯れではなく深い愛が存在したのであろう。かつての日本は今より性に寛容だったようである。現代の話題となっている同性婚について考えるヒントとなるかもしれない。

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 山上憶良(やまのうえのおくら)の「貧窮(びんぐう)問答歌」のうち、長歌の後につけられた反歌である。長歌は2人の貧者の対話形式で「貧窮」の実態と世の不条理を生々しく描き、反歌はそこから逃げられないという諦めの境地を詠む。現代の日本でも、7人に1人の子どもが貧困状態にあり、大きな問題となっている。1300年前の人々の苦しみは、決してひとごとではない。

 このように、万葉集からは、現代に通じる多様なテーマが見いだされる。多くの日本人が万葉集の歌に触れ、古代に学び、今の時代への解決策を見つけることができることを願う。

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 この寄稿は、万葉集を研究している筑波大助教の茂野智大さんが監修しました。

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 昨日こそ 君はありしか 思はぬに 浜松の上に 雲にたなびく

(巻3・444 大伴三中)

 現代語訳:昨日は君はこの世に存在していたのに、思いもかけず今は浜の松の上で雲になってたなびいている

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我が背子は玉にもがもなほととぎす声にあへ貫(ぬ)き手に巻きて行かむ

 (巻17・4007・大伴家持)

現代語訳:あなたが玉だったらいいのに。それなら時鳥の声と一緒に糸に通して手に巻いて行こう

うら恋し我が背の君はなでしこが花にもがもな朝な朝な見む

 (同4010・大伴池主)

現代語訳:恋しい貴方(あなた)様が撫子(なでしこ)の花だったらいいのに。それなら毎朝見よう

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世の中をうしとやさしとおもへども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば

 (巻5・893・山上憶良)

現代語訳:世の中は嫌なものだ、恥ずかしいものだと思うけれど、飛び去ることもできない。鳥ではないのだから

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 アイルランド出身の翻訳家、詩人。2008年に英訳『百人一首』を出版、その後も伊勢物語の英語版などを手がける。「日本の古典を英語で読む」「英語で味わう万葉集」「松尾芭蕉を旅する」など多数の著作がある。朝日新聞文化面で「星の林に ピーター・J・マクミランの詩歌翻遊」を連載中。百人一首が生まれた小倉山がある嵯峨・嵐山に住む。

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