Tuesday, January 19, 2021

芭蕉がスリル感じた最上川、現代の船旅は? 旅行作家・下川裕治がたどる「奥の細道」旅10 - 朝日新聞デジタル

下川裕治さんが、松尾芭蕉の「奥の細道」の行程をたどる旅。前回は、夕暮れにへとへとになるまで歩いた上、翌日は立石寺の石段を上った下川さん。今回は11月上旬の最上川を船で下ります。しかし船旅で行程を一気に前進、というわけにはいかなかったようです。

本連載「クリックディープ旅」(ほぼ毎週水曜更新)は、30年以上バックパッカースタイルで旅をする旅行作家の下川裕治さんと、相棒の写真家・阿部稔哉さんと中田浩資さん(交代制)による15枚の写真「旅のフォト物語」と動画でつづる旅エッセーです。

(写真:阿部稔哉)

奥の細道を歩く・新庄から出羽三山へ

地図

今回の「奥の細道」をたどる旅は「最上川下り」からはじまる。芭蕉が旅をした頃、最上川を航行する船は多かった。材木や米、前号で紹介した紅花などを、日本海に面した酒田まで運んでいた。芭蕉の旅は基本的に歩き旅だが、馬や船も使っている。最上川は急流で、スリルがあった船旅だったことが「奥の細道」にも記されているが、歩くことに比べればだいぶ楽だった。芭蕉は単に出羽三山に向かう足として船を選んだだけだが、その後、「最上川下り」は観光でブレーク。芭蕉様様のエリアになっていた。

「奥の細道」は、1689年、松尾芭蕉が約150日をかけ、東京(江戸)から東北、北陸などをまわった紀行文。馬や船も利用しているが、基本的には歩き旅である。発刊は芭蕉の死後の1702年。

短編動画1

最上川を下る船からの風景を眺めながら、「五月雨をあつめて早し最上川」。日本人の多くがそらんじることができる有名句だ。現在の「最上川下り」は、穏やかな流れの区間が多いが、急流も3カ所ある。

短編動画2

芭蕉は修験道(しゅげんどう)の山、羽黒山、月山、湯殿山(ゆどのさん)にのぼった。そのとき、ベースにしたのが、通称「南谷」といわれた別院。羽黒山頂にある出羽三山神社の近くだ。ここで句会が開かれ、「有難や雪をかをらす南谷」。「まだ雪が残る南谷。南風に乗って、雪の香りが流れてくる」といった解釈が一般的。「有難や」は霊山や高僧に対するあいさつの要素を加えたといわれている。

今回の旅のデータ

「最上川下り」の定期船は、「最上川芭蕉ライン舟下り」。一年中運航し、予約がなくても乗船できる。乗船場所の最寄り駅はJR陸羽西線の古口駅。接続バスが運行されている。下船場所からJR陸羽西線の最寄り駅までの交通機関はないため、接続バスで古口駅まで戻ったほうがいい。芭蕉は最上川に沿った清川という集落で船をおり、出羽三山に向かったが、いまはそのルートを走るバスはない。JRで鶴岡駅に出て、バスで出羽三山神社に向かった。

新庄から出羽三山へ「旅のフォト物語」

スクリーン

「最上川下り」に向かうために新庄駅へ。駅のスクリーンには、芭蕉に扮した人物が最上川を下るビデオが。気分は少しだけ盛りあがるが、ここから船に乗り込めるわけではない。陸羽西線のローカル列車に18分ほど揺られた古口駅が乗船場所への最寄り駅。「個人客はほとんど車です」と船を運航する会社からいわれた言葉を思い出した。

列車

古口駅に着いた。列車を降りたのは僕と阿部稔哉カメラマンだけ。跨線橋(こせんきょう)がないため、改札に向かうには、線路を渡らなくてはならない。乗ってきた列車が通過するのを待ちながら、「この先に最上川を下る船が本当にあるんだろうか」と不安になってきた。新庄駅から古口駅までの運賃は330円。

古口駅

古口駅はしんとしていた。駅名表示よりも「最上川下り」の看板のほうがはるかに目立つ。このあたりは、かつて修験者(しゅげんじゃ)が出羽三山へ向かう登山口だった。やがて登山口は下流の清川や狩川に移り、この界隈(かいわい)は廃れていったという。駅周辺の地名が古口。「古い登山口」がその由来と、駅前の案内板に書かれていた。

バス

駅前には乗船場所に向かうバスが停車していた。乗船場所までの運賃は100円。芭蕉の目的は出羽三山だった。そののぼり口はここより下流の清川や狩川。そこまでの足として船に乗っただけだった。最上川を船で下ることが目的ではなかった。しかしみごとな句ができてしまったばっかりに、いまや川下りがメインに。これが俳句効果?

乗船場所

古口駅を出たバスがついたのは終点の船番所というバス停だった。ここが乗船場所。2500円の乗船切符を買う。船番所は戸沢藩船番所のこと。最上川を航行する船の関所だった。当時の戸沢藩船番所は少し西側にあったという。研究者によると、芭蕉らが乗船したのは、船番所より上流の本合海(もとあいかい)だった。

船

乗船場所には5、6艘(そう)の船が泊まっていた。団体用の船にはビールや日本酒が並んでいた。僕らは個人客用なのでシンプル。芭蕉が乗船した本合海から下船場所まで約20キロのコースもあった。芭蕉の船旅体験……と思ったが、15人以上の貸し切り運航。一般的な約12キロコースで。これがいまの船下りなんだろうなぁ。

五十嵐共輝さん

この日の乗客は20人ほど。船頭さんの案内がつく。しかしこの船頭さんがなかなかのエンターテイナー。わかりやすい方言で辛辣(しんらつ)な言葉を交えて笑いをとる。名所案内や民謡披露も織り込まれる。船会社のホームページを見ると、毒舌ナンバーワンの五十嵐共輝さんでした。船頭さんは指名もできる。「最上川下り」も競争社会? 指名料は1530円。

白糸の滝

「最上川下り」の名所のひとつ、白糸の滝。芭蕉も、「白糸の滝は青葉の隙(ひま)々に落ちて~」と記している。僕は名所にあまり興味がないので、ただ見あげるだけ。「この船がいちばん混むのは冬。日本人は雪景色を眺めながらの船下りが好きなんだね」という船頭さん。芭蕉が旅をしたのは夏。日本人は勝手な人たちです。

最上川

「水みなぎつて舟危ふし」と芭蕉が書いた「最上川下り」も終盤に近づいてきた。途中、船が左右に揺れる急流の難所が3カ所あったが、あとはのんびり船旅だった。下船場所から陸羽西線の駅に歩いて行こうかと思ったが、かなりの距離。結局、船会社の関連会社が運行する路線バスで古口駅へ逆戻り。現代の船旅は無駄が多い。

もつラーメン

昼食どき。古口駅前で探したが、店を開けていたのは「巴食堂」だけだった。入ると、周囲のテーブルから聞こえてくるラーメンをすする音、音……。日本一のラーメン県、山形県の日常? 前日も尾花沢でラーメンだった。僕はそれほどラーメンが好きではないが、山形県では選択肢が……。頼んだのは「もつラーメン」、500円。さっぱり味でした。

古口駅

ラーメンもそこそこに古口駅に急ぐ。余目(あまるめ)駅で乗り換え、出羽三山神社へのバスが出る鶴岡まで向かう。古口駅から余目駅に向かう列車は1日9本。昼の時間帯は1~2時間に1本といった割合だ。列車を逃すと、鶴岡で日が暮れる……。中山平温泉駅まで歩いた夜の道が脳裏をかすめる。

看板

なんとか鶴岡まで着いた。出羽三山神社のある羽黒山頂行きのバスに間に合った。このバスに乗れば、神社を見て、鶴岡に戻る最終のバスに乗ることができる。だいぶ冷えてきた。バスを待つ間、ふと見ると、このメニュー看板。安い? 出羽三山はクマやイノシシが多いんだろうか。

鳥居

鶴岡駅から羽黒山頂までは、路線バスで1時間弱。鶴岡市内を抜けると、バスは鳥居をくぐり、霊山に入域する気分に。芭蕉は月山にものぼっているが、登山口の月山八合目行きのバスは冬で運休。芭蕉のルートを忠実になぞるなら、本格的な雪山登山になってしまう。とてもそこまでは……と雪をいいわけに羽黒山頂に向かう。

車窓

芭蕉は、羽黒山、月山、湯殿山をめぐった。「奥の細道」には、「湯殿山銭ふむ道の泪(なみだ)かな」という曾良の句が載っている。湯殿山では身に着けた金銭はすべて置いていくというルールがあったとか。つまらない句という研究者もいるが、なけなしの金を置いた無念さと解釈する人も。俗人の僕は後者です。旅の会計担当の曾良の苦労、わかります。

出羽三山神社の三神合祭殿

出羽三山神社の三神合祭殿。ここには月山神社、湯殿山神社、出羽神社が。冬の間、雪で月山神社と湯殿山神社に参拝できないため、ここに集まっているとか。まさに僕ら向きの合祭殿。ここで手を合わせれば、芭蕉が歩いたルートをちゃんとなぞったことにしてくれる? 心優しい神社です。

※取材期間:11月7日
※価格等はすべて取材時のものです。
※「奥の細道」に登場する俳句の表記は、山本健吉著『奥の細道』(講談社)を参考にしています。

【次号予告】次回は鶴岡から象潟、そして新潟へ。

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BOOK

芭蕉がスリル感じた最上川、現代の船旅は? 旅行作家・下川裕治がたどる「奥の細道」旅10

2019年に連載された台湾の秘境温泉の旅が本になりました。

台湾の秘湯迷走旅(双葉文庫)
温泉大国の台湾。日本人観光客にも人気が高い有名温泉のほか、地元の人でにぎわうローカル温泉、河原の野渓温泉、冷泉など種類も豊か。さらに超のつくような秘湯が谷底や山奥に隠れるようにある。著者は、水先案内人である台湾在住の温泉通と、日本から同行したカメラマンとともに、車で超秘湯をめざすことに。ところがそれは想像以上に過酷な温泉旅だった……。台湾の秘湯を巡る男三人の迷走旅、果たしてどうなるのか。体験紀行とともに、温泉案内「台湾百迷湯」収録。

PROFILE

  • 下川裕治

    1954年生まれ。「12万円で世界を歩く」(朝日新聞社)でデビュー。おもにアジア、沖縄をフィールドに著書多数。近著に「週末ちょっとディープなベトナム旅」(朝日文庫)、「ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅」(中経の文庫)、「世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア大陸横断2万キロ」(朝日文庫)など。最新刊は、「台湾の秘湯迷走旅」(双葉文庫)。

  • 阿部稔哉

    1965年岩手県生まれ。「週刊朝日」嘱託カメラマンを経てフリーランス。旅、人物、料理、など雑誌、新聞、広告等で幅広く活動中。最近は自らの頭皮で育毛剤を臨床試験中。

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