トヨタ自動車の新型「ランドクルーザー」(通称:ランクル)が人気だ。これから注文しても、届くのは2年後とも3年後ともいわれている。なぜ、これほど売れているのか。ひょっとすると新型ランクルは、かつての「クラウン」のように、日本の高級車需要の受け皿になっているのではないだろうか。 【写真】クラウンやアルファードと共通点あり? 「ランドクルーザー」のグリルはメッキでギラギラ クラウンユーザー層がランクルに殺到? ランクルは1955年に登場した本格オフローダーだ。歴代のどのモデルも、高い悪路走破性とトヨタならではの信頼性・耐久性によって、日本のみならず世界中で人気を博してきた。 14年ぶりのモデルチェンジを経て先ごろ発売となった新型は、第一級の悪路走破性を維持しつつ、最新の先進安全装備や快適装備を備えた高級SUVとなった。発売と同時に人気が殺到し、今では納車まで2年待ちとも3年待ちともいわれている。 乗用車の納車待ち期間は、その時点での生産能力と受注数によって機械的に計算されたものが販売店などに伝えられるため、人気モデルの発売直後は極端に長くなりがち。だがメーカーは、受注数に応じてさまざまな方法で生産能力を上げるため、しばらくすると短くなることが多い。 ただしランクルは、他の多くのモデルとは構造が大きく異なるため混流生産ができないし、生産工場自体も別だ。そのため、他モデルのペースを落としてランクルの生産を優先するといった手法が使えないから、すぐに納期が大幅に縮まることはないだろう。加えて、コロナ禍で海外からの部品供給が不安定なため、生産能力を上げるどころか工場の稼働停止を余儀なくされており、正確な納車待ち期間を予測するのは難しい。 納期はさておき、ランクルはすばらしい内容をもつクルマだが、全長4,985mm、全幅1,980mm、全高1,925mmと非常に大きく、日本では取り回しに苦労する。それに車重は約2.5トンと重く、燃費面で非常に不利なクルマでもある。ガソリン車がハイオク仕様で7.9km/L(WLTCモード)、ディーゼル車が9.7km/L(同)と、現代の乗用車としては最低の部類に入る。電動化とは無縁で、流行りのPHV(プラグインハイブリッド車)やHV(ハイブリッド車)の設定もない。 にもかかわらず、なぜここまで人気なのか。大きく立派なフロントグリルを見てふと思った。ランクルは現代の「クラウン」であり、かつてのクラウンユーザー層がランクルを求めているのではないかと。 今年は「クラウンがSUVに生まれ変わる」という報道が出て、実際に上海モーターショーには中国市場向けの「クラウンクルーガー」(日本のクラウンとの関連はなく、RAV4やハリアーなどと同じ車台をもつSUV)が登場したが、実はランクルこそ「クラウンSUV」だったのだ! ランクル、クラウン、アルファードの共通性 ランクルの押し出しが強く立派なクロームグリルは、かつてのクラウンそのもの。クラウンは1955年の登場以来、長らくトヨタの旗艦車種として君臨してきた。歴代モデルは威風堂々としたフロントグリルを備え、人気を博した。 トヨタには反省がある。1971年発売の4代目「クラウン」(通称:クジラクラウン)が、これまでとは系統の異なる前衛的なフロントマスクを備えて登場したところ、途端にライバルの日産「セドリック/グロリア」に人気を奪われ、販売面でかなり苦労した。クラウンユーザーの保守性が明らかになったのだ。通常のサイクルよりも早くモデルチェンジした5代目は、再び立派なグリルをもつ保守的なクラウンに戻って無事人気を回復した。 価格、車格、装備の充実度のどれを見ても、ランクルは現代のクラウンだ。新型ランクルは510万~800万円と、レクサスを除けばトヨタ車として最も高価格な部類に入る。動力性能、快適装備、ADASを含む安全装備、それにインフォテインメント機能など、いずれも価格にふさわしいトヨタとして最先端、最高峰のものが備わっている。 「いつかはクラウン」というキャッチコピーがあったように、クラウンは日本社会で成功した人が乗るクルマの代表格だった。現代のランクルも、成功者が乗るクルマとしてふさわしい内容だ。 クラウンは今も現役だが、さまざまな理由でかつてほどの存在感はなくなった。一番の要因はユーザーの価値観の多様化だろう。多くの人が「いつかはクラウン」を目指してきた昭和の時代と違って、平成の後半あたりからはクルマに対する価値観は人それぞれとなった。かつて、大人は落ち着いたセダンに乗るものだったのが、今ではワゴン、ミニバン、SUVと選択肢が増えた。それに伴い、それぞれのカテゴリーにかつてのクラウンに相当する「いつかは……」系モデルが生まれ、人々は好みのカテゴリーの“いっちょ上がり”モデルを目指すようになった。 例えば、ミニバンのトヨタ「アルファード/ヴェルファイア」。これも、かつてのクラウンオーナー層をごっそり取り込んでいる“現代のクラウン”だ。高級ミニバンカテゴリーはもともと、日産が1997年に「エルグランド」を発売して開拓したものだが、ここにトヨタは2002年にアルファードで参入し、即座にヒットさせた。現行の3代目は、新型ランクル同様にクロームメッキギラギラの巨大なフロントグリルを備えて登場し、クラウンと同じかそれ以上に豪華な高級ミニバンとして君臨している。 人々のクルマに対する価値観は多様化したものの、社会で成功を収めた層の好みは昔とさほど変わらないらしい。どうやら、堂々としたフロントマスクが目立つ、パワフルで豪華なクルマが相変わらず人気なようだ。だから、ミニバンやSUVといったカテゴリーごとにかつてのクラウンに相当するモデルが存在し、彼らのニーズを取り込んでいるのだろう。 かつてサラリーマンは、真夏でもネクタイをして上着を肩にかけて歩いていたが、今やお堅い業界でも夏場はノーネクタイが許される。休日の過ごし方としてゴルフはもはやマイナーで、キャンプをはじめとするさまざまなアウトドアアクティビティが人気だ。社会全体がフォーマルからカジュアルへと変容したのに合わせ、高級車も変容したのではないだろうか。 この間まで、高価格であるにもかかわらず常に人気ランキングの上位にいたクラウンは今では存在感を失いつつあるが、成功者は常に一定数存在する。彼らはクラウンではなく、アルファードやランクルを選んでいるのだ。つまりランクル人気は、姿を変えて目に見えているかつてのクラウン人気なのである。 塩見智 しおみさとし 1972年岡山県生まれ。1995年に山陽新聞社入社後、2000年には『ベストカー』編集部へ。2004年に二玄社『NAVI』編集部員となり、2009年には同誌編集長に就任。2011年からはフリーの編集者/ライターとしてWebや自動車専門誌などに執筆している。
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