
超長寿国の日本は今、介護現場の人材不足が深刻化している。この先も高齢者の数は増え続けるなか、人手確保がますます難しくなると嘆く声も聞こえる。そこで介護をテクノロジーと組み合わせる「ケアテック」で現場を支え、魅力ある業界への転換をはかろうとする動きが出てきた。千葉県にある設立11年目の介護系ベンチャー「aba」の宇井吉美社長(33)に話を聞いた。
――便と尿を検知するセンサー「ヘルプパッド」を開発しました。シーツの上に敷くシート型で、大手ベッド会社パラマウントベッドと連携して販売中です。なぜ、この製品を作ったのですか?
2019年3月に限定発売した「ヘルプパッド」は、排泄(はいせつ)物の臭いを吸引するとセンサーが反応し、おむつ交換の適切なタイミングを介護者に自動通知します。また、いつ何を排泄したのかを記録し、膨大なデータを人工知能(AI)を用いて分析することで排泄パターンを把握し、トイレ誘導にもつなげる。よりよい排泄ケアを目標に日々、研究を重ねています。
原点は介護施設での実習
原点は千葉工大1年生の時の介護施設での実習です。認知症のお年寄りがうめきながら排便し、その下腹部を職員さんが押していた。自宅に帰す前に下剤を飲ませて便を出しきり、家族の介護負担を減らすためです。当時の私には衝撃的で、泣きながらその職員さんに「これって、ご本人が望むケアなんですか?」と聞いてしまった。すると「わからない」と困ったような表情をされました。
その人はベテランでした。それでも日常的に難しい判断を迫られ、自分のケアを「正解」と断言できない場面があると知って、胸が痛みました。
同じ日、別の職員さんから「おむつを開けずに中の状態を知りたい」と言われたんです。実際、おむつ交換の際、まだ汚れていない“空振り”はかなり多い。ベテランの勘に頼っているのが現状です。そうした排泄ケアにテクノロジーを導入することで負担を減らし、現場を支えようと心に誓いました。
――大学4年生で起業後、平日は研究、週末は介護施設で働いたそうですね。
当初は、「見守りカメラ」などのITが介護現場に入ることへの拒否反応はとても強かった。それでも一緒に働かせてもらい、プロの専門性に触れました。例えば認知症で独居の人が最期まで自宅で暮らすために、どう支えるか。計画・実行・評価・改善という「PDCAサイクル」を回す研究者や経営者にも通じる、高度な能力や技術で向き合うんです。
そんな介護職の皆さんの力になりたくて、私はオフィスの1Kアパートで研究開発に没頭しました。一番大変だったのは正確な排泄データを集めること。布団を持ち込んで自ら実験台になり、おむつ交換してもらったことも。融資を受けては消費者金融に走り、税理士さんから「早く会社を清算した方がいい」と言われていました(苦笑)。
潮目が変わったのは15年ごろから。介護ロボット導入に政府から補助金が出るようになったのが大きいです。一方で、課題も見えてきました。単に本体だけ買ってもダメ。目的は何か、スタッフの動きはどう変わるのか、毎月の運転費用など、あらゆる面からの検討が必要との理解がようやく広がってきました。
介護を誰でも享受できる社会に
――排泄を切り口としたケアテック。目指すべきところは?
排泄は食事や入浴と並ぶ「三大介護」の一つ。他のケアより所要時間が長く、漏れると処理に10倍以上かかるなど、肉体的にも精神的にも負担が重いといわれています。
超長寿大国の日本では、これまでもケアテックに関して膨大な研究開発費用をつぎ込んでいます。過去には介護ビジネスを世界に発信しようとした企業もたくさんあった。しかし今、アジアや米国のベンチャーが勢いを増しています。もっと世界を視野に研究開発のペースを上げ、日本の介護現場が長年蓄積してきたものを無に帰さないように、と思います。
ナイチンゲールをご存じですよね? 実は、19世紀に「ナースコール」を発明したのも彼女です。天井と壁に縄を張るという発想で、それまでベッドを一つひとつ巡回していた看護師の業務は抜本的に変わりました。
私は「ヘルプパッド」で現代のナイチンゲールを目指します。介護分野に工学を取り入れ、よりよい介護を誰もが享受できる社会にしたいんです。(聞き手・高橋美佐子)
からの記事と詳細 ( 介護の世界に工学を 33歳社長、目指すは現代のナイチンゲール - 朝日新聞デジタル )
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