Monday, October 11, 2021

古文書「くずし字」、アマチュア参加で現代の活字に…史料解読の一助に - 読売新聞

 古文書に書かれたくずし字を現代の活字に起こす「 翻刻(ほんこく) 」。専門家が辞書と首っ引きで取り組むイメージが強いが、国立歴史民俗博物館の橋本雄太助教(37)は、誰もが気軽に参加できる翻刻の専用ウェブサイトを開発し、インターネット上に公開している。その結果、日本文化の掘り起こされていない奥深い世界に、国内外から熱い視線を呼び込む成果も上げている。(文化部 多可政史)

 ユーモラスな 河童(かっぱ) の絵が描かれているのは、江戸時代の妖怪辞典だ。【 (あん) するに川太郎は一種の水怪にして不可思議のもの (なり) 】。【関東にもありと (いえ) ども甚た (まれ) にして人に害をなす事も (また) 稀也】。くずし字の説明書きを参加者が翻刻し、その成果が橋本さんがシステム開発したサイト「みんなで翻刻」に書き込まれていく。

 一説には、江戸時代の古文書だけでも数億点あるといわれる。「研究者だけでは手に負えない。一般の方も参加でき、史料の解読を一挙に進める歴史版『プラットフォーム』を作りたかった」。狙い通り、現在約1800人が参集し、翻刻が完了した史料は1100点以上、文字数は約1300万文字に達する。大手損害保険会社とも協働し、同社が所有する災害関連の膨大な史料の翻刻も進められている。

 元々は、京都大文学部で数学史を専攻。「現代数学の父」と呼ばれるドイツ人数学者、ダーフィト・ヒルベルトが残した数学のアイデア帳を解読する研究に参加し、「誰も知らない事実」が書かれた歴史史料に興味を持った。

 一方、並行して習熟していたプログラミングの技術を生かし、システムエンジニアの仕事も経験。大規模な学力テストの採点を行うシステム開発に携わり、膨大な答案の採点結果の統計処理にも関わった。「技術が磨かれて手に職も付いた。あとは思い切って、歴史の研究にもう一度取り組んでみたい」と、3年で退職して母校の大学院に戻った。

 そこで参加したのは災害の記録がつづられた古文書解読の研究会。「ドイツ語と違って母国語だから読めるだろう」と高をくくっていたが、甘かった。くずし字の文章は前後の文字の切れ目が分かりづらい上、今では使われていない平仮名や漢字も多い。勉学が必要と痛感する中、培ったシステム開発の技術を生かし、大阪大の研究者らとともに2016年に、くずし字学習用支援アプリを作った。

 くずし字の読み方をクイズ形式で学べる手軽さもあり、10万ダウンロードを超えるヒット作に。「くずし字を読みたいというニーズが非常に高いことが分かった。次は、読む場を提供できないか」。17年に「みんなで翻刻」を始めた背景には、そんな思いがある。

 実家で、くずし字で書かれた書状が見つかった、映画やゲームで戦国武将や刀剣に興味を持った――。古文書に関心を持つきっかけは人それぞれだ。中には愛好家同士のサークル活動で翻刻に取り組む人も多いが、新型コロナウイルス禍で外出が制限され、「巣ごもり学習」の需要が高まったこともあり、「みんなで翻刻」の参加者も大幅に増えた。

 翻刻の成果をオンラインで公開して共有することで、研究や教育に活用しやすくなる。コロナ禍で話題となった『肥後国海中の怪(アマビエの図)』も、京都大貴重資料デジタルアーカイブで「オープンデータ」として公開されることで、SNSなどを通じて普及した。「一部の専門家がデータを独占すると、ハードルが高くなってしまう。オープン化を進め、歴史など人文学に関心を持つ層の裾野を広げたい」。数学史研究の傍らで始めた「人文情報学」の成果で、複数の学術賞にも輝いた。

 歴史研究者ではなく、「アマチュア」の歴史愛好家の参加が多い「みんなで翻刻」だが、橋本さんが、翻刻された文章の正確性をチェックしたところ、約99%の精度で正しい文字に翻刻されていることが分かった。翻刻成果は他の参加者がチェックし、誤りなどがあれば修正することで精度を高めているという。「上級者は次第に、チェックする側に回るなど、参加者の中で役割分担も出来ているようです」。一方、初学者向けには、くずし字の読み方を推測するAIも搭載するなど、工夫を凝らしている。

 コロナ禍以降、近世の疫病関連の史料の翻刻に力を注ぐ。地方の図書館から翻刻の依頼が舞い込み、複数のプロジェクトが始動している。思わぬことに、英ケンブリッジ大の研究者からも声がかかり、世界中の専門家が参加して日本の疫病の史料を翻刻する国際プロジェクトに発展している。

 現代数学の枠組みを作ったヒルベルトのように、既存にはない新たな「システム」を作ることを目標にしているという橋本さん。「数学史の研究もしなければいけないんですが、『みんなで翻刻』の反響が大きくなってしまって」。そう苦笑するが、歴史を誰もが気軽に学べる「システム」の充実に余念がない。「日本各地の豊かな歴史が、海外からも注目してもらえるきっかけになればうれしい」と、志は熱い。

橋本さんに趣味などを聞いた。

――高校時代

 哲学少年で、ウィトゲンシュタインやニーチェ、フッサールなどの本を、意味が分からないなりに読んでいました。論理学に関心を持ったことが、数学史の専攻につながりました。

――好きな本の分野

 中学時代に筒井康隆さんの作品を読み、それ以来、SF小説が好きです。グレッグ・イーガンやテッド・チャンなど、哲学的な示唆に富み、「センス・オブ・ワンダー(知的興奮)」が感じられる作品が特に好みです。

――休日の過ごし方

 釣りとランニング。現在は海の近くに住んでいるので、休日は朝方から釣りをしています。普段、コンピューターの画面ばかり見ているので、水平線を眺めているとリラックスできます。SE経験者は同じ理由からか、釣りなどアウトドア好きが多いように感じます。

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