Friday, January 15, 2021

現代の日本を生きる私たちは、「正義」について改めて考え直すべきだ(西研) - 現代ビジネス

問題発言に対するSNS上での過剰なバッシングやコロナ禍における自粛警察の登場など、独善的な正義を振りかざす人が目立つ昨今、「正義」とは何か、改めて私たち市民一人ひとりが考える必要がありそうです。予備知識なしに、重要哲学書がわかる人気シリーズ第4弾『超解読! はじめてのヘーゲル『法の哲学』』から、共著者の一人で哲学者の西研さんによる「あとがき」を一部抜粋してお届けします。

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「私たち」にとってのヘーゲル正義論の意味

ヘーゲルの『法の哲学』〈1821〉は、ルソーの『社会契約論』〈1762〉と並んで、正義の根拠――なんらかの法や権利や政策が「正しい」といえることの根拠――について、もっとも深く考えた著作である、と竹田と私は以前から確信していた。

しかし、正義の根拠についてさかんに議論してきた現代アメリカの「正義論」において、ルソーとヘーゲルが正面から取り上げられることはほとんどない。

ルソーの思想が全体主義的なものと受けとられてきた経緯については、竹田が「まえがき」でふれているが、ヘーゲルの思想もやはり、国家主義・全体主義的なものとされてきた。彼らの思想が英米で取り上げられない理由の一つはおそらくそこにあるが、さらに、『法の哲学』がきわめて読みにくい、ということもありそうだ。

『法の哲学』は、ヘーゲル独自の『論理学』を背景としていて、普遍性、特殊性、個別性などの概念を用いて述べられていく。このためにひどく読みにくく、いきなり読むと、かなりの確率で挫折する(もっとも、若いころの『精神現象学』〈1807〉からすれば、後年の著作だけあって、はるかに読みやすく整理されているのだが)。

ヘーゲル(Photo by gettyimages)

そのため、『法の哲学』の内容と意義をわかりやすく伝える本をつくりたいね、と以前から竹田と話していたのだが、ようやく完成することができて、とてもうれしく思っている。

さて、いまなぜ『法の哲学』を読み直す必要があるのか、という点については、竹田の力のこもった「まえがき」に明確に書かれている。

すなわち、私たちはいまのところ民主主義以上の政治理念をもたないが、これは富の一極集中という世界の現状を克服できないのではないか。現代資本主義の進行は、やがて自由と民主主義の体制を崩壊させるのではないか。そのような懸念と疑義のある現代にあって、あらためてルソーとヘーゲルから、民主主義の理念を吟味しなおす必要がある、と。

このように、いわば「人類史的視座」からみたときの、ヘーゲル思想の受け取り直しの必要性を竹田は述べている(竹田も私も、哲学者として人類史のレベルで物を考える"習慣"をもっている)。

しかしまた、研究者でも法律家というわけでもない、一人の市民という立場からみたとき、そもそも正義の根拠を考えることにどんな意味があり、ルソーやヘーゲルの思想を受けとる意義はどこにあるのか。そのことを、竹田の「まえがき」を補足する意味合いで、ここに書かせてもらおうと思う。内容は多少"かぶる"ことになるが、それを厭わずに語ってみたい。

正義とは

まず、ここでいう「正義」という言葉の意味を、あらためて確認しておこう。正義という言葉には、しばしば「悪を罰する者=警察、司法、スーパーマン」のイメージがくっついているが、アメリカでの正義論でいうジャスティスや、ルソーのいうドロワ、ヘーゲルのいうレヒトはかなり広い意味をもつ。

つまり、ある法律や政策、何かの権利、さらに人の行為について、それらが社会のなかでもつ「ただしさ・正当性」を意味する。ここでの正義も、そのような「正しさ・正当性」としておきたい。

この意味での「正義」や、その反意語の「不正や悪」の観念は、どんな時代のどんな社会にも存在しているにちがいない。どんな社会でも「やってよいこと・よくないこと」が定まっていて、よくないことをした場合には罰せられることになるだろうから。

そう考えてみると、正義(ただしさ)を、社会の成員が共存するための約束・・・・・・・・・・・・・・・取り決め・・・・とみなすことができる。つまり、「〜をしてはいけない」(例:人を殺さない)とか「〜をしなくてはならない」(例:税を支払う)というルールを互いに約束し守りあうことによって、一つの社会は成り立つ、ということだ。

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