緊急事態宣言が3月7日まで延長される見通しとなった。非正規雇用をはじめ、働く人々の生活状況のさらなる悪化が懸念される。
そんななか、注目すべきなのが、東京新聞が26日に配信した、大企業25社による休業手当支払い要請拒否のニュースである。
この報道によれば、厚生労働省は、昨年11月時点で未払いが把握できた大企業25社に対して、文書でパートやアルバイトに対する休業手当の支払いを要請したとされる。しかし、要請を受けた全ての企業が1月中旬になっても支払っていなかったというのだ。
参考:「<新型コロナ>大企業25社が厚労省の休業手当支払い要請拒否 時短バイトらへ「義務ない」」(2021年1月27日 東京新聞)
厚労省が個別企業に対してこのような要請をすること自体が異例なことであり、そのことが事態の重大性を物語る。というのも、政府は、企業が非正規労働者に対しても休業手当を支払うようにあらゆる手を尽くしているにもかかわらず、効果が出ていないのだ。
政府は、新型コロナの感染拡大に伴い、雇用調整助成金の特例措置を拡充しており、大企業の場合、労働者に支払った休業手当の最大75%が助成される。さらに、緊急事態宣言への対応特例として、一定の場合に大企業に対する助成率が最大100%になることが発表されている。後述するように、シフト制の場合も短時間休業の場合も雇用調整助成金の対象になる。
東京新聞の報道は、こうした国の支援策が非正規労働者に行き届いていないことを改めて浮き彫りにしたといえる。国があの手この手を使って「休業手当不払い問題」を是正しようとしているのに、一向に解決に向かっていないのだ。
繰り返し報じられているとおり、多くの非正規労働者が仕事や収入を失い、苦境に立たされている。なかでも、シフト制で働いているパートやアルバイトの場合、シフトが未確定であった期間については勤め先が「休業」を指示したことを認めないことが多く、休業手当が支払われないことが多い。
飲食店やサービス業で働いていた女性の生活に深刻な影響が生じ、自殺率が高まる要因となっているとの報道もある。こうした問題の背景に、上述したような大企業の非協力的な姿勢があることに私たちはもっと着目すべきであろう。
「シフト減パート・アルバイト女性」の7割が休業手当を受け取っていない
こうした実態は統計調査からも明らかになっている。
野村総合研究所が今月発表した調査によれば、昨年12月時点で、コロナの影響によってシフトが減少しているパート・アルバイト女性(以下「シフト減パート・アルバイト女性」とする)のたった24.3%しか休業手当を受け取っていない。
シフトが減るくらい大したことはないという印象を受けるかもしれないが、シフト減パート・アルバイト女性のうち、シフトが5割以上減少している者は40.6%であり、そのうち74.1%が休業手当を受け取っていない。補償を受けられない場合、シフトが半減することは収入が半減することを意味するのだから、家計への打撃は大きい。
休業手当を支払ってもらえなかった中小企業の労働者は「休業支援金・給付金」の対象になるが、シフト減パート・アルバイト女性のうち、この制度を「知っている」と回答した者に16.1%に過ぎない。さらに、「知っている」と回答した者のうち、「支援金・給付金を受け取っている」と回答した者はたった8.5%だ。
要するに、シフト減パート・アルバイト女性の大半にいずれの支援策も行き届いていないということがわかる。
参考:野村総合研究所「コロナ禍で急増する女性の「実質的休業」と「支援からの孤立」
~コロナでシフト減のパート・アルバイト女性を対象とした調査結果の報告~」
非正規への休業手当不払いは法律違反?
非正規労働者に対する休業手当不払いは法律違反にならないのだろうか?
会社に責任のある理由で労働者を休業させた場合、会社は、労働者の最低限の生活の保障を図るため、少なくとも平均賃金の6割以上の休業手当を支払わなければならない(労働基準法26条)。
非正規雇用であっても、労働契約書や労働条件通知書に週当たりの勤務日数や労働時間が定められているような場合には「休業」に当たることが明白であるため、休業手当の支払いを求めることができる。
一方で、シフト制のように週当たりの労働時間が明確でない場合に休業手当の支払義務が生じるか否かについては、法律上、明確な決まりがない。シフトが確定した後に一方的にキャンセルされた場合には当然に「休業」に当たると考えられるが、シフトが決まる前の場合には、現状、明確な法律違反とまでは言い切れない。
実際、シフトが確定していない期間については「休業」に当たらないとして休業手当の支払いを拒む企業は多い。
今月13日には、大手ラーメンチェーン「一風堂」で働くアルバイト従業員が、シフトカットされた分の賃金を補償することを求めて記者会見を開いたが、企業側は補償を拒む姿勢を崩していない。朝日新聞の取材に対し、企業は「当社は法令にのっとって休業手当を払っており、今回もその予定だ」と回答しているという。
参考:「一風堂、シフト減でも「補償しない」 アルバイトに通告」(2021年1月28日 朝日新聞)
ただし、仮に労働基準法違反に当たらない場合であっても、正社員だけに休業手当を支払い、非正規労働者には支払わないという場合には法律違反になることがある。
いわゆる同一労働同一賃金のルールは、短時間労働者や有期雇用労働者について、正社員との間で不合理な待遇の相違を設けることを禁止している(パート有期法8条)。
休業手当は、労働者の最低限の生活を保障するために法律で定められており、その事情は正社員でも非正規社員でも変わらないのであるから、非正規労働者だけに休業手当を支払わない場合には不合理な待遇の格差であると判断される可能性がある。
問われる大企業の社会的責任
野村総合研究所の調査では、「実質的失業者」(5割以上シフトが減少しているにもかかわらず休業手当が支給されていないパート・アルバイト女性)が2020年12月時点で90万人いると推計されている。これはパート・アルバイトの女性に限定した推計値だから、男性や他の雇用形態を含めた実質的失業者は100万人を大きく上回るものと推察される。
「実質的失業者」であるパート・アルバイト女性のうち4割以上が、世帯の貯蓄総額が半減していると回答しており、家計に大きな影響が生じていることが窺える。そして、20代、30代のシフト減パート・アルバイト女性の実に48.8%が「現在の経済状況だと、希望する子どもを持つことが難しいと感じることがコロナ以前より増えた」と回答している。
さらに言えば、これは昨年12月時点のデータであるから、年明けの緊急事態宣言の発出と今回の延長により、こうした「見えない失業」はさらに拡大するものと思われる。
シフト制で働く非正規労働者に対する「休業手当不払い問題」をこのままにしてしまえば、貧困が拡大し、自殺の増加や精神疾患の蔓延がもたらされ、さらには少子化にも拍車がかかってしまいかねない。社会を守るためには、何としてもこの問題を解決していかなければならない。
このように考えると、活用可能な支援策を政府が用意し、積極的な利用を呼びかけているにもかかわらず、それを利用しない大企業は、たとえ法律違反に当たらないとしても、社会的な批判を受けて当然なのではないだろうか。
政府は、緊急事態宣言の再発出により時短営業を行う店舗等が増えていることを踏まえ、いわゆる短時間休業の場合にも雇用調整助成金の対象になることや、シフト制の場合にも直近月のシフト等に基づいて同助成金の申請ができることを懸命に周知している。
参考:厚生労働省リーフレット「雇用調整助成金は短時間休業にもご活用いただけます!!」
そして、冒頭にも述べたとおり、緊急事態宣言が再発出された地域では、一定の場合に、大企業に対する雇用調整助成金の助成率が100%になる。この場合には、企業は金銭的負担なく労働者に休業手当を支払うことができるのであるから、それでもなお非正規労働者に休業手当を支払わないような企業には厳しい目を向けざるを得ない。
参考:厚生労働省リーフレット「雇用調整助成金の特例措置に係る大企業の助成率の引き上げのお知らせ」
責任ある大企業は、休業支援金も対象外
一方で、政府は、休業手当の支払いを企業から受けられない労働者のために、労働者が直接国に請求できる休業支援金・給付金制度も創設している。つまりこれは、雇用調整助成金を「あえて」利用しない企業への対策である。政府としては、労務管理がしっかりしていない中小企業の労働者を特例的に救済することを念頭に置いている。
そのため、この制度では、大企業で働く労働者については、対象からは外されている。繰り返しになるが、これは、政府が、余力のある大企業であれば休業手当を支払うべきだと考えていることを意味する。国の政策を活用して非正規労働者に休業手当を支払うことは、法律違反に当たるかどうかにかかわらず、「やって当たり前」のことなのだ。
「企業にも余裕がなくなっているのだから、アルバイトにまで補償をする必要はない」という声もある。
しかし、コロナの影響が大きい飲食業やサービス業においては、パートや学生アルバイトが基幹的労働力として活用されてきた。店舗運営の中核的業務を非正規労働者が担っていることも多い。
これまで非正規労働者の労働力に依存して利益を上げてきた大企業が、コロナ禍に入った途端、非正規労働者を無慈悲に切り捨てるのであれば、社会的批判は免れないだろう。
参考:「守るのは正社員だけ! ワタミの「美談」の犠牲になった非正規の大量解雇」
社会全体で非正規差別の是正に取り組もう
非正規労働者に対する「休業手当不払い問題」は日本社会を揺るがしかねない。それゆえ、社会全体でこの課題に取り組んでいく必要がある。
まず、政府は、大企業に対して休業手当を支払うよう、より強いメッセージを送るべきだろう。“要請”だけでは効果がないのは目に見えているから、非正規労働者への休業手当の支払いを雇用調整助成金の受給要件にするなど、さらなる制度上の施策も求められる。
次に、メディアもこの問題を積極的に報じるべきだ。雇用調整助成金については、その重要性に比して報道で取り上げられることが少ない。短時間休業やシフト制の場合にも対象となることなど、特例措置の内容を丁寧に報じていただきたい。
労働組合も、非正規労働者に休業手当を支払っていない企業に対し、団体交渉を通じて強く支払いを求めていくべきだ。従来、日本の労働組合の多くは非正規雇用の問題に熱心に取り組んでこなかったが、その反省を活かし、今こそ積極的に取り組むことが求められる。
もちろん、当事者が声を上げていくことも重要だ。法律は、事業主に対し、待遇の相違について労働者に説明する義務を課している。労働者から求めがあった場合、事業主は、短時間・有期雇用労働者と通常の労働者との間の待遇の相違の内容や相違が存在する理由について説明しなければならない(パート有期法14条2項)。
また、労働組合を結成して団体交渉を申し入れた場合、使用者には誠実交渉義務が課せられる。交渉において使用者が待遇に関する格差の内容や理由を説明しない場合、労働組合法違反になる可能性がある。
会社に労働組合が無い場合でも、個人で加入できる労働組合(ユニオン)に入れば会社と交渉を行うことができる。個人で加入できる労働組合(ユニオン)に入れば団体交渉権が平等に得られ、使用者には上記の義務が課せられるのだ。
最近では、このような直接的交渉の他に、SNS等を通じて社会的発信により問題を“告発”し、非正規差別の是正を求める動きも盛んになっている。つい先日にも、「#非正規差別を許さない」などのハッシュダグを掲げるTwitterデモが実施され、トレンドにもランクインした。
そして最後に、私たち一人ひとりも、コロナ禍によって貧困に陥る人々を助けたいと願うのであれば、非正規差別の是正に向けて声を上げていくべきだろう。ボランティアとして支援活動に参加する若者も増えている。消費者として、企業が社会的責任を果たしているのかをチェックしていくことも重要なことだ。
コロナ禍において、非正規雇用に対する差別が改めて明るみに出たといえる。弱い立場の人々に共感し、支援する社会の取り組みがますます重要になっている。
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