Thursday, October 21, 2021

小説『デューン』は、現代の地政学的競争の混沌を約50年前に“予言”している - WIRED.jp

お知らせ:Thursday Editor's Lounge
10月28日(木)のゲストは松田法子(京都府立大学大学院生命環境科学研究科准教授)

ある瞬間には陸地で、またある瞬間は水面となる「汀(みぎわ)」。そんな世界のつなぎめを起点とし、人と地球の新しい関係性を考える連載を担当しているのが、松田法子だ。彼女は「温泉地」というコモンズの研究に始まり、現在はヒトによる生存環境構築の長期的歴史とそのモードを探る「生環境構築史」の研究に取り組んでいる。そんな松田をゲストに迎え、汀、コモンズ、生環境構築といったキーワードを起点に対話を繰り広げる。詳細はこちら
アンディ・グリーンバーグ

『WIRED』US版のシニアライター。著書『Sandworm: A New Era of Cyberwar and the Hunt for the Kremlin's Most Dangerous Hackers(仮訳=サンドワーム:サイバー戦争の新時代と、ロシアで最も危険なハッカーの追跡)』と、そこから『WIRED』への抜粋は、ジェラルド・ローブ賞国際報道部門賞、ニューヨーク・プロフェッショナル・ジャーナリスト協会より2つのデッドラインクラブ賞、海外記者クラブからコーネリアス・ライアン賞優秀賞を受賞。(@a_greenberg

カンザス州にあるフォートライリー陸軍基地の近くにある書店で、ライアン・コートが『デューン』のペーパーバックを見つけたのは、2003年にイラクに派遣される直前のことだった。23歳の少尉だったコートは、その黒い表紙に心を引かれた。タイトルの横には砂漠の風景があしらわれ、砂の上を歩くふたりのローブ姿の人物のシルエットが描かれていた。

この小説は800ページを超える大作でありながら、活字が小さいおかげで比較的コンパクトな立方体に収まっていた。コートはこの本を購入し、イラク戦争にもっていった。陸軍のマニュアルや野戦教本と一緒に背嚢に詰め込んだ、唯一の小説だった。

それから数週間、コートは暇を見つけてはその小説を読んだ。15人の兵士と4両の戦車からなる小隊を率いてクウェートの砂漠を横断したときも、バグダッドの荒れ果てた廃墟で生活したときもである。

この小説は、緑豊かな世界を離れ、はるかにより危険で乾燥した惑星アラキスにたどり着いた青年の物語である。アラキスの砂の下には、宇宙で対立し合う大国にとって重要な資源が眠っている。

イラク戦争についてコートは、「当時は『石油のための戦争だ』と言われると、あきれて天を仰いだものです」と振り返る。「でもいまでは、あながち的外れではないと思っています」

このとき小説と現実とのリンクに神秘的なものを感じたことを、彼は覚えている。ある日の午後、イラクの首都にある暗い廃墟のなかで祈りの声が周りから聞こえてきたとき、彼は『デューン』とのつながりを感じたという。本を読み進めていくにつれ、あたかも自分が端役として登場している物語とよく似た、さらに壮大な物語を覗き込んでいるような気がしたのである。「この本の何かが、わたしにとってピンときたんです」と、コートは言う。「それは目の前の現実を超越した世界を垣間見せてくれました」

学ぶべき教訓

こうしてコートは『デューン』の熱狂的なファンとなり、フランク・ハーバートの6冊のシリーズを何度も読み返した。しかし、より深い共通点が見えてきたのは、それから数年後の2度目のイラク派遣でのことだった。2度目の派遣では、スンニ派武装勢力の温床となっている地域に駐留し、部隊が何度も路肩爆弾に襲われるなど、前回よりはるかに過酷な任務を経験した。

その相手を『デューン』にたとえるなら、先住民の「フレーメン」である。そして最後に勝つのは、アトレイデス家の主人公でも、ハルコネン家の悪役でも、銀河皇帝とそれに仕えるスパルタ的なサルダウカーの戦士でもない。フレーメンの武装勢力によるゲリラ戦術こそが最終的に優れていると証明される。米国をどのようにたとえようとも、またそのたとえにおけるフレーメンがイラク人であろうとアフガニスタン人であろうと、最終的には武装勢力が大国に勝利するか、あるいはよりしぶとく生き延びるのだ。

「いま振り返って考えてみると、当然ながら学ぶべき教訓があったと思います。テクノロジーの優位性が成功を保証するものではないことを、わたしたちは学びました。軍事力だけでは目的を達成できないこともあるのです」と、現在は陸軍の戦略計画・政策担当官を務めるコートは言う。「そこには名誉や利害が絡み合った厄介な人間模様が存在します。そして敵は、より高い犠牲を払うことをいとわない場合もあるのです」

1965年にハーバートが『デューン』を出版して以来、この小説は数十年にわたってハードコアなSFファンの垣根を超えて大ブレイクしている。その理由は、『デューン』の生態学的、心理学的、精神的なテーマのおかげであるとされてきた。

この本についてハーバートは自身の公式コメントで、何よりも環境問題へのメッセージを重視したと説明している。また、のちにワシントン州にある「ザナドゥ」と名付けた自宅をDIYで再生可能エネルギーの実験場にするなど、環境保護運動にとってある種の“教祖”的な存在となった。

しかし、すでにそれから半世紀が経過している。その間、ハーバートの環境に関する考えや心理学的なアイデアの多くは、一般大衆に普及して新鮮味を失ったか、あるいは廃れていった。また、20年に及ぶ戦争の末に、米国が支援したアフガン政府が崩壊するという悲惨な結果を迎えた。そうした状況を踏まえて改めて『デューン』を読んでみると、この小説が実は人間の「争い」に焦点を当てていたことに心を打たれずにはいられない。

緻密で奥深い『デューン』の世界では、各陣営が権力と覇権を巡り、あらゆる手段を駆使して容赦ない争いを繰り広げている。ハーバートが描いた未来像は、軍や情報機関に所属してSFを読む一部のオタクたちの間で崇められている。こうした戦争オタクたちは、この本を世界規模の紛争を理解するための極めて先見的な“千里鏡”とみなしているのだ。

米国がヴェトナム戦争を始める前に書かれた『デューン』が描き出す世界では、戦争は本質的に非対称な戦いとなっている。正面からぶつかり合う従来型の軍事衝突は、ほとんど時代遅れとなった。代わりに、反乱や対反乱作戦、破壊工作や暗殺、外交、諜報活動、裏切り、代理戦争や資源管理など、人間が互いの支配を試みるために用いるあらゆる巧妙な手段に取って代わられたのだ。現在も『デューン』を読み返している将校や情報分析官にとって、この小説は政権交代に伴う思わぬ危険からサイバー戦争という未知の領域まで、2021年の地政学的競争の状況を不気味なまでに映し出している。

描かれた「人間の戦い」

ある日曜の午後、亡き父の家で見つけた『デューン』のオリジナルボードゲームのほこりを払った。1979年に発売されたダンボール製の遺品は新品同様で、オフィスの棚に2年ほど手つかずの状態で置かれていた。アラキスの全領土を征服することを目的としたこのゲームは、『デューン』で繰り広げられる銀河戦争の縮図を理解する上で役立ちそうに思えた。そこでわたしは、何も知らない友人たちを説得して、このゲームを試してみることにした。

すぐにわかったのは、このゲームは『デューン』の世界の仕組みを単純化するのではなく、むしろ本作の秘教的な複雑さを積極的に再現しようと試みるものであるということだった。ルールを「上級者レヴェル」ではなく「初歩レヴェル」に設定したにもかかわらず、最初のターンを終えるまで2時間半もかかってしまった。

どのカードを理解するにも、クレジットカードの明細書のような説明書を参照する必要があった。ルールには注意点があり、注意点には例外がある。そしてどのプレイヤーも、さまざまな方法でルールを破ることができるようだった。例えばアトレイデスのプレイヤーは、ほかのプレイヤーには伏せられたままのカードを見ることができた。サンドワームに触れた軍はすべて破壊されたが、フレーメンの軍はサンドワームに乗ってボード上を移動することができた。ハルコネンのプレイヤーは、ほかのプレイヤーのキャラクターが実は自分のために密かに協力している裏切り者であることを定期的に打ち明けた。

それぞれの陣営には独自の勝利条件がある。フレーメンは、ほかの全員が勝つのを防ぐことで勝利できる。ベネ・ゲセリットのプレイヤーは、最初のターンの前に予測を書き出し、どのプレイヤーがいつ勝利するかを推測する。これは遺伝子操作で心を操れるようになった作中のイルミナティを表している。その予測が当たれば、代わりにイルミナティが勝つことになる。単に戦いが非対称戦であるだけでない。それぞれのプレイヤーが、ある意味で別のゲームに興じているのだ。

『デューン』が描く人間の戦いは、ハーバートが生きた1965年の世界とは一見すると正反対のように思えるかもしれない。当時、ふたつの超大国が存亡の瀬戸際で行き詰まっていた。しかし、冷戦の核による相互確証破壊の脅威は、ハーバートがすでに明確に予見していた非正規戦争の時代が到来するきっかけとなった。

『デューン』では、それぞれの貴族が核兵器の使用を禁止する条約を結んでいる。その結果、交戦中のアトレイデス家とハルコネン家は、限定的で、隠密的で、相手の裏をかくような戦術に頼るようになった。同様の戦術は、冷戦以降の現代戦を定義することにもなっている。

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