作家・演出家、鴻上尚史。政府が最初に文化・スポーツイベントの主催者に自粛要請をしてきた際、「休業補償とのセットを」と発信し、「特権階級か」と非難を浴びた。演劇が、あまりにも人々の生活から遠いことを思い知った。同時に、「世間」や「空気」による「同調圧力」にコロナ前から警鐘をならす。演劇人としての原点に、中学生時代に感じた理不尽がある。
【写真】昨年3月、紀伊國屋ホールでのトークショーの鴻上尚史さん* * * それは、こんな物語だった。 ──「#自殺」のツイッターで出会った1人の男と1人のトランスジェンダーと1人の女、そして彼女のカウンセリングがきっかけで自殺した男子高校生(の亡霊)。彼らは唐突に、「泣いた赤鬼」の芝居で幼稚園を慰問しようと決めたが、自粛警察の執拗な妨害に遭う。男は自らの使命に目覚める。「自粛警察と戦う」という妄想に……。 昨年10月末から12月初めにかけて、東京の紀伊國屋ホールと、大阪のサンケイホールブリーゼで上演された舞台「ハルシオン・デイズ2020」だ。鴻上尚史(こうかみしょうじ)(62)の作・演出で、演じたのは柿澤勇人、南沢奈央、須藤蓮、石井一孝。稽古期間中から楽日まで、関係者全員が2週に1度、計6度のPCR検査を受けながらの舞台だった。 2004年の作品「ハルシオン・デイズ」の再演である。ただし、初演では自分がイラク戦争の「人間の盾」だと思い込んでいた男の妄想が、この時代に相応(ふさわ)しい姿に置き換えられた。 年が明け、鴻上にオンラインで話を聞いた。またしても緊急事態宣言が発出された翌々日。 「この時点での自分自身の思いを全部ぶつけた作品です。最後までやり通せたのが奇跡のよう。お客さんに配る手書きの『ごあいさつ』に、無事に終わったら楽日に泣くかも、と書いていたんですが、泣けませんでした。友だちのカンパニー(一座)で陽性者が出て、公演が中止になったみたいな話が、立て続けに入ったばかりでしたから」 いつ突然、何もかもが吹っ飛んでもおかしくない状況下で、ロングランの公演を、しかも「自粛警察」をモチーフにやり抜いた感慨だ。筆者も生で見た舞台は魅力に溢れ、間引きを余儀なくされた客席も沸いていた。だが鴻上は己に厳しい。
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