建築が環境に与える影響は計り知れない。ナショナル・ジオグラフィックの調査によると、世界の30%の温室効果ガス排出は都市での建設により発生しているという。多くの資材を使う建築において、資源の循環性などの課題は山積みだ。
そんな中、これまで人間がもたらした環境や社会への影響を見つめ直し、サステナブルな未来のために建築やデザインの役割を探究する人がいる。
「現代の建築は見栄や無駄が多くなってしまっています。無駄を作ると、それは最終的にごみになってしまう。建築のスクラップビルドは、ものすごい量の廃棄物を出し、エネルギーを有し地球汚染につながっています。それを最小限に抑えることはもちろんのこと、廃棄物を利用して建築ができないか──これが、僕が日頃から考えている問いです。」
そう話すのは、アトリエ「TAU」の創業者である大井雄太(おおいゆうた)さんだ。大学院で建築学を専攻していた大井さんがサステナブルな建築のヒントになるかもしれないと向かった先は、東南アジアのスラム街だった。
スラム街で見たものが今、大井さんの手掛ける建築にどのように生きているのか、大井さんが建築を通して見ている世界はどのようなものなのか、話を聞いた。
話者プロフィール:大井雄太(おおいゆうた)さん
1988年、神奈川県川崎市出身。建築家(一級建築士)、環境活動家。東京都市大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了、建築家手 塚貴晴研究室。同年、栗田祥弘建築都市研究所入所。2020 年 atelier TAU を設立し、現在に至る。
建築には、困っている人を救う力がある
大井さんが建築の道を志したのは、幼少期の頃。たまたま見ていたテレビ番組がきっかけだったという。
「その番組ではカンボジアの学校に行けない子どもたちを紹介していて、世界では教育を受けたくても受けられない子どもたちが大勢いることに、幼いながらに衝撃を受けたんです。その番組は、そんな子どもたちに学校をプレゼントするという企画でした。学校ができたことで子どもたちが本当に幸せそうだった。──それを見て僕は『建築の力ってこんなに大きいんだ』と、感動したんです。」
「建築の力で、困っている人を救いたい」それが、大井さんの原点だ。そのテレビ番組をきっかけに発展途上国に興味を持ち、建築の道を志すようになった大井さんは、大学時代にはインドやカンボジア、タイなどの発展途上の国々を訪れた。そして、そうした貧困状況にある子どもたちと実際に触れ合ううちにスラム街(※)に興味を持つようになり、5年前にタイのスラムについての調査を開始。
そこから大井さんは、タイのスラムで3か月間もの間、寝泊まりをしながら現地の人々と一緒に暮らした。現地の人々の暮らし方や内部の空間、建築に実際に触れ、スケッチや実測、インタビューを行ったという。その期間は、スラムに住んでいる人々を救うといった、「助ける人」と「助けられる人」という関係性ではなく、対等な関係でお互い学び合い、家族のような日々を過ごした。
「それが純粋に楽しかったんです。スラム街って、一つのファミリーなんですよね。大家族の一員になったような心地よい時間でした。」
(※)スラムとは都市部に密着し、狭い地域に貧困層が密集して暮らすインフォーマル移住地を指す。
自然と一体であるスラムの建築には、無駄なものがない
セルフビルドで建てられるスラムの建物には不足している設備もある一方で、住民が身の回りにあるものだけを用いて工夫を凝らしてデザインされている。そんな大井さんは「スラム街の建築には無駄なものがない」と、話す。
「スラムでは、通常では廃棄物になってしまう運搬用木パレットを積みあげて解体し、梁、柱、家具と住まい、コミュニティさらには文化を形成しています。また、他にも自然素材が用いられていることに加え、光や影、風の通り道などが住民によって考慮されており、自然と一体になる作りになっています。実際に現地で廃材の利用方法や空間構成、そこで住んでる人たちとのコミュニティを体感して感じたのは、まさに彼らは廃材延命のプロだということでした。」
「スラムは、ものすごい人間的な欲のもとで作られているんです。本を読むためには、ここに光が欲しいからと、ちょうどいい場所に穴を開けて太陽の光を集めて取り入れていたり、暑い地域では内部の風通しを良くするために南北で風の向きを作っていたり。密集しながらも、『この道は他の家の風の抜け道だから、ものを立てない』など、小さいルールを彼らの中での積み重ねています。限られた土地の中で多くの人が暮らさざるを得ないので、そこに対する工夫がとてもユニークなんです。あるものをどう利用したら心地よい住まいが作れるのか、試行錯誤されています。」
そんな中、近年では高度経済成長が進むバンコクにおいてスラム撤去が各地で起こっている。そもそもスラムは違法建築であるため、タイ政府はスラムをなくしていきたいという考えのもと動いているという。スラムに住む人々は農家が多く、郊外農地集落で自然災害を受け、職を求めて都市バンコクのスラムに住み着いていることがほとんどだ。農地は限界集落になっており、国内の食料自給率が下がっているという背景もある。
そこで大井さんが考案したのが、仏教寺院を構築することによってタイの地方農地を再生することだった。仏教国であるタイには、一つの村に一つの寺院がある。「寺院を作ることで町おこしができるのではないか。」と、大井さんは考えた。
「タイには、寺院があると人が安心して暮らせるという考え方があります。スラムの家がセルフビルドでできているように、寺院もセルフビルドで作るというストーリーを作りました。そうすることで、都市に出稼ぎに出た彼らが戻ってきて、仕事を地方に生み出すという流れを作り出せるのではないかと考えました。」
ごみ山で働く子どもたちの雇用を生むアトリエをデザイン
さらに、「スラムの貧困問題を、建築の力で解決できるのではないか?」そう考えた大井さんは、カンボジア・シェムリアップのごみ山問題について調査した。スラム街のごみ山で働く子どもたちは、ごみの中からまだ使えそうなものを拾って分別をし、それを業者に売ることで収入を得ている。次第にごみ山での生活があたりまえとなってしまい、一度そこで働くとなかなか抜け出すことができない課題がある。
学校に行けずにごみ山で働いている子どもたちに「将来のやりたいこと」を調査したところ、90%以上の子どもたちが先生・医者・農業・ごみ山で働くの4つの回答だったという。そしてごみ山で働く理由を調査したところ、2つの理由が見つかった。一つは、そもそも村に働く場所がないこと、もう一つは、ごみ山でリサイクルできるものを拾えば、健康被害はあるものの、暮らして行けるだけの収入が得られてしまうこと、だ。
そんな調査の中で大井さんが出会ったのが「一般社団法人Kumae(クマエ)」という、バナナの実を取り、廃材となる幹の部分を使ってバナナペーパーを作っている団体だった。
2017年、大井さんはそんなクマイとコラボし、ごみ山で働く子どもたちに職業体験の場と日本語教育をするアトリエ施設を設計・デザインした。現在アトリエでは、バナナペーパーを用いてバッグやポストカードなどのプロダクトを作り、販売することで現地の人たちの雇用を生み出して劣悪な環境にあるごみ山で働かなくてもいい仕組みを作っている。
大井さんが手掛けたアトリエは、高温多湿の中でも快適に過ごすことができ、スラム建築の中でも取り入れられているセルフビルディングを可能としたデザインだ。タイのスラムリサーチで学んだ木パレットを扱った工法を応用し、北側にハイサイドを設けて重力換気によって南から北に抜ける通風を促す、いたってシンプルな断面構成を作成。安定した明るい中で細かい作業を行えるよう配慮した。
建築は手段であり、目的ではない
「建築や内装をやる上では昔から、中にあるものを一旦更地にして、新しいものを取り入れる考えがスタンダードです。しかし、そのデザインでは、ものすごい量の廃棄物が発生してしまいます。」と、大井さんは言う。そんな建築業界の背景がある中でスラムから多くを学んだ大井さんが大切にしているのが、「もともとあるものを大切にする」という考え方だ。
2020年9月に手掛けた神奈川県川崎市にある美容院「Hoimin」の美容室の建築デザインでは、新しいものをなるべく使わずに、廃棄物を最小限に抑えた。「子どもも親しみやすく、彼らの未来を守るために、環境にも配慮した環境したデザインにして欲しいという条件でした。」と、大井さんは美容室のプロジェクトを振り返る。アップサイクルされたクッションマテリアルを壁一面に張り付け、美容室としての設え、家具としての機能、かつ環境への配慮、「三方良し」を実現した。
「下地材から仕上材にいたるまで、質量の70%以上にリサイクル素材を使用し、廃棄物を最小限に抑えました。また、クッション材としても利用されるチップウレタンをカットして配置することで、子どもがものを差し込んで遊べるユニークなナッジデザインにしました。子どもの頃、電車のシートの隙間にものを入れたり、手を入れたりして遊んだ経験から着想を得ています。」
「また、子どもたちが興味を持って壁に触れると、親もリサイクル素材について説明することができるので、遊びながらも学ぶことができるんです。ソーラーパネルなども大切ですが、直接触れて体感することはできないので、実際に触って認識しやすいデザインにこだわりました。」
最近は多くの人がサステナビリティを意識するようになり、消費者の意識も変わってきている。これまで大量の廃棄を出していた建築業界でも、サステナブルを軸にしたデザインではないと受け入れられない時代が必ず来るだろう。
「建築業界は考えが凝り固まっていると日々感じています。長く活動している上の人たちに自分の考えを認めてもらうには、僕自身がいい建築を作る必要があるんです。僕はサステナビリティについての考え方に対して、共感はされたいと思っていますが、強要はしたくありません。だからまずは自分が結果を出して、上の世代に見せていかないといけない。結局、建築やデザインというのは手段であり、目的ではありません。目的になってしまうと、文化をクリエイションできないと思っています。僕は、サステナブルな建築デザインを、文化を、創っていきます。」
編集後記
「尊敬する人に、手塚貴晴という建築家がいます。手塚から教えてもらい、ずっと大切にしている言葉が、『建築は、人を助ける力がある』というものです。その言葉を聞いてから、建築としての力とは何だろうと、僕はずっと自問自答しています。」
建築が持つ力を信じ続け、建築デザインを通して人を救いたいと話す大井さん。「人」を大切にする建築を考え抜いた大井さんだからこそ、最終的に人が住む地球の基盤である「環境」までも意識されているのだと感じた。建築を通して、社会、そして環境問題に問いを投げ続けてほしい。
また、スラムの生活は自然と一体になり、自然の知恵や昔からある暮らしを生かしながらできあがっていた。新しいデザインではなく、そうした身近にあるシンプルなデザインこそが、これからの私たちが取り入れるべきものなのではないだろうか。
【参照サイト】 Atelier TAU
【参照サイト】 Atelier TAU Instagram
からの記事と詳細 ( スラム建築を現代の建築に活かす。TAUが目指す、自然と一体化した無駄のないデザイン | 世界のソーシャルグッドなアイデアマガジン - IDEAS FOR GOOD )
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