新型コロナウイルス感染症に対して「イベルメクチンの使用を承認すべき」あるいは「緊急使用として許可すべき」という意見が出てきています。
現時点で新型コロナに対するイベルメクチンの有効性はどれくらい根拠があるのでしょうか?
イベルメクチンとは?
イベルメクチン(商品名ストロメクトール)は寄生虫疾患に処方される薬剤です。
日本では少なくなりましたが、糞線虫症や疥癬などに使用されます。
イベルメクチンが新型コロナウイルスを抑制する?
今から約1年前、2020年4月に「イベルメクチンが新型コロナウイルスの増殖を抑制する」という実験室での研究結果がオーストラリアから報告されました。
新型コロナウイルスを感染させた細胞に2時間後にイベルメクチンを添加したところ、48時間で新型コロナウイルスの増殖を約5000倍減少させることができたとのことです。
実験室レベルで効果がある、ということになれば、次は動物やヒトでも効果があるのか期待されるところです。
イベルメクチンの臨床研究結果が取り下げに
同じ2020年4月にヒトに対してイベルメクチンが投与された症例と投与されていない症例を解析した症例対照研究が査読前論文として掲載されました。
この論文によるとイベルメクチンを投与されていた患者ではされていなかった患者と比べて総死亡率が圧倒的に低かった(1.4% vs 8.5%)という驚異的な結果であり、当時、臨床医の間では衝撃が走りました。
この論文の対象となっていたのは「2020年1月1日から2020年3月31日までにCOVID-19と診断された患者」であり、3ヶ国169病院から704人のイベルメクチン投与患者、704人の非投与患者が登録されています。
しかし、イベルメクチンが新型コロナウイルスに有効かもしれないという実験室レベルでの研究成果がオンライン上に掲載されたのが4月3日なのに、3月31日までにイベルメクチンを投与されていた新型コロナ患者が(いくら世界広しと言えども)704人もいるのか、と。世の中にはそんなに先見の明のある臨床医がいるのかと。
結果として、この論文はサージスフィア社という企業がデータを集積していたのですが、ここからサージスフィア社に疑いが持たれ始め、NEJMやLancetといった一流雑誌に掲載されていたサージスフィア社が関わった論文が取り下げとなったことと合わせて、こちらのイベルメクチンの研究も取り下げになっています。
というわけで、おそらくこの査読前論文もサージスフィア社が(全てまたは部分的に)捏造したデータなのだと考えられます。と、以前私が書いたら、国内のイベルメクチン激推しの方から「捏造という言葉を使うな!撤回しろ!」という注意(という名の恫喝)を受けましたが・・・捏造ではないとすると・・・創造?
いや、別に私はイベルメクチンが新型コロナに効果がないと言っているわけではなく、このサージスフィア社の研究は捏造だって言っただけなんですけどね・・・大人の世界って怖いですね・・・。ぴえん。
イベルメクチンの逆襲
さて、先程の論文は査読前とは言え、かなりインパクトが大きかったため、実際に南米のペルーではこの論文を受けて新型コロナの治療薬ガイドラインにこのイベルメクチンを選択肢として入れたそうです。
論文が取り下げられた後も、南米ではもともとイベルメクチンが多く処方されていることもあり、その後も新型コロナに対してイベルメクチンが投与されているようです。
南米だけでなく、アメリカからもイベルメクチン投与群での死亡率低下が示された、という後ろ向き解析の研究結果がCHESTという一流雑誌に掲載されています。
また、アメリカの集中治療系の団体である「Front-Line Covid-19 Critical Care Alliance」という団体もイベルメクチン推しであり、これまでの論文をメタ解析という手法でまとめた研究を発表されています。
捏造・・・ではなく「創造」によってケチがついた新型コロナに対するイベルメクチンの研究ですが、ここに来てイベルメクチンが新型コロナに対する有効性を示したとする報告が複数出てきています。
というわけで、現在イベルメクチンは世界中で注目を集めています。
一方で、オーストラリアの実験室での研究結果で示された薬物濃度を達成するためには、ヒトに投与する通常量の100倍以上の投与量が必要である、ということなど効果を疑問視する専門家もいるようです。
しかし、もちろん薬剤の濃度が必ずしも臨床効果と相関するとは限りませんし、ハムスターの感染モデルでは炎症を抑制したという動物実験の結果もありますので、薬物濃度だけが効果を規定するわけではないのかもしれません。
イベルメクチンは現時点で承認されるべきか?
では今の時点でイベルメクチンはすぐにでも新型コロナに対して国内承認されるべきなのでしょうか?
私個人の考えとしては、現時点ではまだ十分なエビデンスがないだろうと考えています。
エビデンスレベルにはいくつかの階層がありますが、一般的には以下のような図によって表されます。
ランダム化比較試験は最もエビデンスレベルが高く、非ランダム化比較試験、観察研究、症例報告、専門家の意見、と下に行くに従ってエビデンスレベルが下がります。
先程のCHESTの論文は後ろ向きの観察研究に当たります。
後ろ向き研究では効果が示された治療薬が、ランダム化比較試験では全く効果がなかった、ということがこれまでも新型コロナで起こっています。
イベルメクチンのランダム化比較試験もなくはないのですが、どれも症例数が少ない、盲検化されていない、などの制限があります。
今後、より規模の大きい、盲検化のされたランダム化比較試験で効果が示されれば、イベルメクチンの新型コロナに対する有効性について疑問を唱える人もいなくなるでしょう。
科学的根拠に基づいた議論を
ここまで読まれて私が「イベルメクチン反対派」なのだと思われたかもしれませんが、そうではありません。
私は「イベルメクチンが効かない」と言っているわけではありません。
効くのかもしれませんし、むしろ効果が証明されてほしいと心から思っています。
しかし、それを検証するためにはまだ十分なエビデンスがない、ということです。
アビガンも当時は一部の方々が承認を強く訴えていましたが、なんだかんだ言いながら強引に承認されることはなく、きちんと科学的根拠に基づいて承認されるかどうかの議論が進んでいることに個人的にはとても安堵しています。
アビガンがまだ承認されていないのは、現時点で承認に足る科学的根拠が不十分であるということです。これは「アビガンが新型コロナには効かない」ということではありません。効くかもしれないし、効かないかもしれません。
また新型コロナに関しては、投与するタイミングによっても効果が異なるため、よく考えられた研究デザインでなければ効果の証明が難しいという側面もあります。
少しでも早く効果のある可能性のある治療薬を新型コロナに使用したい、特にアビガンと同様イベルメクチンも日本に縁の深い薬剤ですので早く新型コロナに使いたいという気持ちは誰もが持っていると思いますが、拙速な承認は後の大きな問題にも繋がりかねません。
過去には、カレトラ、ヒドロキシクロロキンなどが臨床研究として新型コロナに対して検証されていましたが、結局効果は示されず現場から使われることはなくなりました。
イベルメクチンについては、今後エビデンスレベルの高い研究で効果が証明されることを期待したいと思います。
からの記事と詳細 ( 新型コロナの治療薬としてイベルメクチンを現時点で承認すべきか?(忽那賢志) - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース )
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