多くの人に祝福され、自身が選んだ伴侶と幸せな日々が始まる結婚式。だが、その幸せの絶頂である式当日に、パートナーが自分の幼馴染と浮気していたら、あなたはその後どんな決断を下すだろうか? これまで、“セックスレスのカップル”や“出会い系アプリに登録した妻”など時代を切り取った社会性の高い作品で人気を博してきたマンガ家の木村イマさんが、近作『はじまらない結婚』で描いたのは、そんな人生“最幸”な日にどん底に落とされた女性の物語。ebookjapanのオリジナルレーベル「ebookjapanコミックス」の作品として連載され、話題となった。もやもやを抱えながら始まった主人公が、波乱万丈の新生活のなかで、苦悩の末に下した決断とは?
■「ハネムーン先で旦那が浮気、長い戦いが始まる」別案ラフの走り書きがまさかの採用
――木村先生の近作『はじまらない結婚』は、第1話の冒頭で、結婚式当日の朝に新婦が、新郎と幼馴染の生々しい浮気現場に乗り込むという衝撃的なシーンからスタートします。本作のアイデアはどのようなところから生まれたのですか?
【木村イマさん】本作は、お話をいただいてから構想を練っていきました。実は、当初もうひとつ別案があったのですが、「もう1パターンくらい出しておこう」と、ラフに「ハネムーンに来ていた先で旦那が流れで浮気をしてしまう。最悪のハネムーンになりそこから長い戦いが始まる」という走り書きをしていたんです。これが、短いながらにパンチがあったため、「そちらを見てみたいです!」と担当さんから反応いただき、私も「勢いがあるな」と感じて決まりました。
――「ハネムーンで浮気してしまう夫」が物語の原点だったのですね。確かに優柔不断で流されやすく能天気な夫・木(もく)は、主人公の陽(よう)を振り回し続ける印象的なキャラクターです。物語を描く際にどうやって設定を考えたのですか?
【木村イマさん】実は、木にはモデルがいます。身近な人なのであまり説明ができないのですが、身近にいたからこそお話を描くきっかけになりました。本作では描ききれなかった設定もあるんですよ。
■負の気持ちに引っ張られることがあまりない主人公がいたから、この物語は描ききれた
――一方、主人公の陽は、望まない妊娠に始まり、結婚式当日に夫が自分の幼馴染と浮気、妊娠による体調不良などさまざまな出来事が重なり、心境は揺れ動き続けます。陽を描くうえで、こだわったところ、気を付けたところはどんなところでしょうか?
【木村イマさん】こだわったこと、気をつけたことは特にないのですが、陽を描いていて良かったと思うのは、陽が馬力のある人だったことです。
――キャラクターに引っ張られたということ?
【木村イマさん】そうですね。やりたい仕事もあり、しっかりとした主張を持った女性なので、負の方向に気持ちが引っ張られることは基本的にはあまりなく、あったとしてもすぐ立ち直れるタイプのキャラです。しかし、パートナーという他人を、自分の家族と考えることによって物事が思うように消化していけなくなります。その中でもがき苦しみながらも、自分を這い上がらせることを何度も試みます。そういうエネルギーのある人だからこのお話を描ききれたと思っています。
――なるほど。そういうエネルギーがあるからこそ、自分に好意を寄せてくれている後輩の住谷の告白にも動じなかったんですね。“打算的”に動くのであれば、木ではなく、住谷を選ぶのも間違いではない気がしますが…。
【木村イマさん】住谷が陽のことを好きな理由は、陽が木に愛想をつかしても自分に流れないような人だからだと思っていて、惰性でないというか。確かに、あのタイミングで自分を愛してくれる(子ども込みで)という相手が出てきたら、好きでなくても生存戦略として告白を受ける選択肢は大いにあるし、住谷となら幸せになれそうな気もします。
――でも、それは受け入れなかった。
【木村イマさん】はい。そこで異様に強調されるのが「私はこの人のことを好きなのか」ということ。ここでいう好きはもはや異性として付き合えるのかですらないと思います。住谷の気持ちに対しておんぶされるのが陽には出来ないのです。
■クライマックスは最終回直前まで違う内容「本当は私が理想とする結婚を描きたかった」
――最終話で陽は“ある決断”をするわけですが、そのクライマックスはどのように決めていったのでしょうか?
【木村イマさん】最終話ギリギリまで、最後の“決断”は違うものでした。正直、最終話のプロットを書いている時に迷いました、それまで大きくは流れを直さず委ねてもらっていたのですが、迷って担当さんに描ききれていない設定についてと、自分の目指す結末について改めて聞いていただきました。私はいつもマンガに希望を求めていて、この話では「私が理想とする結婚」を描きたかったです。
――描きたかったけど、できなかった?
【木村イマさん】それをするのに12話では短かった。『はじまらない結婚』は、おかげさまでご好評いただいていたので、もっと連載を続けることも出来たのですが、自分が次の連載の仕事を急いでしまった。描ききれていない設定はすっ飛ばしていいものではなく、それを描かないままに理想とする結婚を描いてしまうことで、新たに苦しむ人がいるのではないかという話になりました。陽の決断は、陽自身が望んでいたものでもなく、けれどそれを許してはいけない。とても苦しいものだったと思います。
――先生が陽の立場だったら、どのような選択をされると思いますか?
【木村イマさん】私は、陽のように決断できません。自分が傷つきながらも、相手との関係を修復していく。相手を理解しようとする。相手も努力をする。そういう方が受動的で選んでしまうし、側からも責められない。でもそれで幸せになれるというゴールは用意されていないのです。「相手も努力する」は自分には出来ないことです。それでも信じる、のは祈りみたいなことで、わざわざ停滞するようなことなんです。人は誰かのせいにできるなら停滞して鬱々としていても正当化される。自分にムカムカしてきますよね。そんな風にして幸せになる覚悟がない人は。環境に飲み込まれずに、決断する勇気を持ちたいです。
■結婚に求められる「安心感」は、自他の境界線が揺らぐこと?
――全12話を読んでみて改めて、本来他人同士であるふたりが、短い期間でお互いを知ることの難しさを感じました。先生は、「結婚」というものについてどのようにお考えですか?
【木村イマさん】まさにですね。このお話は「外から来た問題」にどう対処するかというのもひとつのテーマでした。陽が毅然としていたとしても、結婚相手が木のような他者である時点で、ことは上手く運びません。しかし当初、陽は「夫婦」の問題として浮気を乗り越えようとしました。
――自分自身の気持ちよりも、夫婦の問題としてとらえた。
【木村イマさん】そもそも男と女が恋人になったり、夫婦、家族になると、(パートナーは)自分の分身のような感覚になり、自他の境界線が揺らぐんですよね。よく結婚に求めるのは「安心感」と聞きますが、それって、境界線が曖昧になること、家族=自分の一部のように思うことだと、私は思っていました。なので、陽は「家族の問題」を自分が乗り越えようと考えたんですけど、違うんですよね。それでは、永遠に何も変わらない。
――陽がいくら考えて、頑張っても難しい。
【木村イマさん】協力関係にあるって素敵ですよね。美しいと思うんです。だから憧れてしまうけど、それは一方だけの力ではなし得ないことなんですね。私は、結婚はしてもしなくてもいいと思うのですが、したいと思える人がいたら最高にラッキーだなと思います。
――深いですね。では、最後に先生が本作を通して、読者に伝えたいメッセージを教えてください。
【木村イマさん】伝えたいメッセージを言語化するのは難しいです。こういう風に捉えてほしい、みたいなことはありません。私が結婚について今一度考えたい、勇気を持って選択したいと試みたお話です。まだ読んでいない方は、よかったら読んでみてください。
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