Wednesday, December 1, 2021

2人の父に導かれ 現代人の心揺さぶる歌舞伎―中村吉右衛門さん - 時事通信

2021年12月02日08時54分

2017年、文化功労者に選ばれ、天皇、皇后両陛下との茶会に出席した歌舞伎俳優の中村吉右衛門さん=同年11月6日、宮殿・連翠

2017年、文化功労者に選ばれ、天皇、皇后両陛下との茶会に出席した歌舞伎俳優の中村吉右衛門さん=同年11月6日、宮殿・連翠

 亡くなった中村吉右衛門さんには2人の父がいた。1人は昭和の名優で、テレビ時代劇「鬼平犯科帳」の初代鬼平も演じた実父の八代目松本幸四郎(初代白鸚)。もう1人が、今日演じられている多くの演目の型を築いた母方の祖父で養父の初代中村吉右衛門。2人の芸と精神に導かれ、現代の観客の心を揺さぶる歌舞伎を終生追い求めた。

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 悲劇を背負った武将の苦悩や葛藤、市井を生きる人々の心意気。役を深く掘り下げることで内面のドラマが際立った。
 源平合戦を背景にした「熊谷陣屋」の熊谷直実は初代から実父、そして吉右衛門さんへと受け継がれた当たり役。主君である源義経の意を酌んで息子を平敦盛の身代わりにするという、現代では考えられない話だが、「人間の心を深くえぐる初代の演出で、これから先も通じる歌舞伎芝居」と繰り返し演じ、子を失った父の悲しみ、戦の世の無常を浮かび上がらせた。
 長身で風格のある舞台姿。「仮名手本忠臣蔵」の大星由良之助、「極付幡随長兵衛」の長兵衛などスケールの大きな役がよく似合った。
 初代同様、吉右衛門さん自身も跡を継ぐ男児がなく、初代の当たり役を演じる「秀山祭」などの場で、おいの松本幸四郎さん、娘婿の尾上菊之助さんら次世代への芸の継承に情熱を傾けた。また、「役者が高みを目指すだけでなく、お客さんも育てなければ」と、全国の学校を回って子どもたちに歌舞伎の楽しさを伝えた。
 80歳で「勧進帳」の弁慶を勤めたいと常々語っていた。「序幕から最後までずっと大きな声を出して動く役は他にない。弁慶をクリアできるかできないかは(役者の)バロメーターですね」。晩年、健康不安を幾つも抱えていた自らを鼓舞しつつ、生涯に1600回以上演じた父方の祖父の七代目幸四郎以来、代々継承してきた高麗屋(幸四郎家の屋号)のお家芸への思いをのぞかせた。
 最後に演じたのは、厳格な感染対策を取る東京・歌舞伎座での「楼門五三桐」の石川五右衛門。「絶景かな、絶景かな」の名ぜりふを劇場いっぱいに響かせながら、入場者数の制限など厳しい興行を余儀なくされるコロナ下の歌舞伎を案じていたに違いない。(時事通信編集委員・中村正子)。

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