澪標 ―みおつくし―
川中 由美子
花嫁介添人
2021年10月4日
花嫁介添人という職業の役得のひとつは、日常ではあまり耳にすることがない種類の音楽を聴く機会が多いことである。
例えば、私の職場のチャペル式では、お父さまにエスコートされた花嫁が入場する場面で「アヴェマリア」が流れ、その瞬間、チャペルは厳粛な空気に包まれる。まだお顔にベールを下ろしたままの花嫁が一歩一歩ゆっくりと新郎へと近づいていく。緊張感と幸福感が入り交じったベール越しの花嫁の美しさは格別である。
入場後、オルガンとバイオリンの生演奏で聖歌隊が「賛美歌312番」を歌う。「慈しみ深き友なるイエス」の歌詞で始まるこの賛美歌は、キリスト教徒でなくとも聞き覚えがあり参列者も歌詞を見つつ合唱するが、コロナ禍の今はそれがかなわず楽器演奏だけを静かに聴く。
一方、神式の挙式では雅楽である。ホテル内の神殿では使用できる楽器は限られるが、こちらも生演奏を聴くことができる。新郎新婦の入場曲は「越天楽(えてんらく)」(越殿楽とも書く)。雅楽の中で最も有名な曲なので、曲名を知らずとも実際に耳にすると聞き覚えがある方も多いはずである。興味のある方は動画サイトなどでお聴きになると、神前挙式の厳粛な雰囲気を感じていただけるかもしれない。まさに、日本の伝統的な結婚式を象徴する音楽である。
このような儀式の場に流れる曲には時代による変化はほとんど見られないが、披露宴となるとそれは大きく異なる。
私がウエディングプランナーだった1990年代半ば、花嫁は披露宴中ほとんど料理にも手をつけず、ただ静かに高砂席に座っている方が多かったが、令和の花嫁は個性の表現が豊かであり、余興のひとつとして自ら特技を披露されることもある。美しいドレスでピアノなどの楽器を演奏されたり、ご友人たちと一緒に趣味のフラダンスを踊られたりと、その華やかさに私もついつい仕事であることを忘れて見入ってしまうことがある。
しかし、コロナのまん延により披露宴の形も一変した。度重なる延期を余儀なくされ先行きが見えない中で、それぞれのご事情を考え尽くされた上での開催であることはもちろんである。アルコールの提供もなく会場内は会話も控えめで、余興はリモートやビデオでの演出に替わった。多くの制約がある中でも新郎新婦がゲストの皆さまのためにと心配りをされている姿は胸を打つ。
私はこれまで、約300組の結婚式、披露宴を担当させていただいたが、いまだに新郎新婦や親御様の涙にもらい泣きしてしまうことがある。友人に「プロは泣かない」と叱られたが、年齢のせいかすっかり涙もろくなってしまった私は、そういう意味ではプロになれないままである。
以前のように、チャペルでは賛美歌が合唱され、披露宴では参列者たちの楽しげな会話が飛び交い、友人たちの余興に大きな笑いが起こる、その日を心待ちにしている。
その時、私はきっとまた泣くのだろう。まだまだプロにはなれそうにない。
(大阪市都島区、かわなか・ゆみこ)
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