真空管アンプの音は映画の音となじみがいいのかどうか。それはホームシアター趣味の黎明期から問われてきたお題だ。録音機材やモニターアンプが真空管式であった時代の作品ならば、真空管アンプが上座を占めることに違和感は少ないだろう。しかし強烈な音がてんこもりの最新デジタル音声を、超広帯域の現代型スピーカーで再生するとなるとどうだろうか? “往年の名優の肉声感が上等”とか“しっとりつややかなトーンが最高!”だけでは不足だろう。
ではこのウエスギTAP103はどうだろうか。なにしろ300Bシングルのステレオアンプである。300Bは映画館のアンプ用に開発された古典名球の鑑のような存在だ。趣味のオーディオ用としても直熱三極出力管の抜きんでた音質の魅力を知らしめた立役者でもあった。しかし本機の出力は10W×2(4/8/16Ω)しかない。いくら主要帯域の過渡特性が優秀だとしても、それで最新ムービーサウンドの大音量再生をこなせるだろうか?
回路は3段構成であり、初段と2段目は双三極管の12AU7を使用。増幅率が低い代わりに直線性が優秀な傍熱管だ。三段目の300Bにいたるまで段間はコンデンサー結合であり、出力段は自己バイアス。安定動作を重視しているわけだ。ちょっと変わっているのは出力段からのNFBが2段目に軽く掛けられていて、初段はNFBループから外れていることだ。それでも帯域特性の上限は100k㎐まで伸びているのでハイレゾ音源に充分対応できることになる。こうした構成はウエスギのアンプのひとつの伝統であり、エッジを引き締めすぎずに音の造形力を確保しながら、必要充分な帯域特性やスピーカーの制動力を確保しようというねらいだろう。
電源部の充実も特徴だ。電源平滑用のチョークコイルはLR独立でそれぞれ2段構成、計4個も搭載しているのだ。LR独立ならば各1個で充分間に合うはずだが、それだけハムノイズの低減に努めているわけで、出力管の直流点灯もあって、スピーカーに耳を寄せてもまったくハムは聞こえない。出力トランス、電源トランス、チョークコイルの1段目用は定評のある橋本電気製を採用。
本機はキット品もあり、『管球王国』第94号に設計者の藤原伸夫氏が製作記事を書かれている。またステレオサウンドの通販サイトでは、真空管なしのキット品と共に完成品も扱っている(受注生産)。完成品については出力管にプスヴァンのWE300Bを付属。中国製だがWE=ウェスタンエレクトリックを呼称するほどにその旧型に極似したつくりであり、品質に自信があるわけだ。実際に各メーカーの高級機に豊富な採用実績があり、昨今のパーツショップでは入手しにくいことも申し添えておこう。12AU7は往年のドイツ・シーメンス製だ。
俊敏な応答性があり
明晰な描写性能を聴かせる
まずはCDやSACDを聴く。微弱音から鋭いピークまで俊敏な応答性があり、すこぶる明晰な描写性能を発揮している。室内管弦楽団やバロック楽器の三重奏などビブラートなしの弦楽器が銀糸の輝きを誇示しつつ、絶妙のボウイングによる濃淡や語勢を析出させる。しかも余韻まで清涼にしてあえかな媚態を忍ばせる風情であり、これは直熱管らしい粋(いき)の境地というしかない。古典的なコンボジャズの歌いっぷり、鳴りっぷりも高密度にして伸びやか。ただし弦バスやバスドラムのおおぶりのフレーズは演技力がやや控えめになる。
それはUHDブルーレイ『アリータ: バトル・エンジェル』のチャプター28、モーターボール競技の場面でも感じられた。アトモス音声の包囲感や熱気は素晴らしいが、器物がきしみあい弾け飛ぶエネルギッシュな音にまろみが加味されたり、鮮鋭感が後退したりするのだ。ただし声はセンターチャンネルなしの構成なのに抜群に明瞭にして精妙、語勢が克明だ。
そこでAVセンターの方でフロントLRの受け持ち帯域を150㎐以上にしてそれ以下をサブウーファーに任せることにした。するとこれは大正解! 生き残り競技の面々が躍動し、その所作の細部に貼り付けられた金属音が実に明敏に、三次元的に炸裂する。そしていじっていないサラウンド系の音まで鮮度を増すのだ。それに持ち前の肉声感の鮮度と深い抑揚はまるで舞台俳優のよう! こうした使いこなしにより、本機は現代の映画音声においても美質を発揮する新古典的な逸品であることが明らかになった。
※取材に使った機器は次の通り。CD/SACDプレーヤー:デノンDCD-SX1 LIMITED、UHDブルーレイプレーヤー:パイオニアUDP-LX800、AVセンター:デノンAVC-X8500H、スピーカーシステム:モニターオーディオPL300Ⅱ(L/R)、PL200Ⅱ(LS/RS)、PL100Ⅱ(LSB/RSB)、イクリプスTD725SWMK2(LFE)
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