誰かに手を差しのべられなければ、生きのびることがままならない。「ケア」とは、この世に生まれた全ての人間が通ってきた道、そして、いずれ再び通る道。資本主義社会で「健常者」として「自立」した生活を送っていると忘却しがちですが、育児、看護、介護といった「ケア」がなくては、生命は成立しません。
本作は、ドキュメンタリー作家でもある中村佑子さんが妊娠出産を経験し、死と隣り合わせのその過程に慄(おのの)き、また、同様の混(こん)沌(とん)や孤独を経てきたはずのあまたの女性たちの言葉が記録されてこなかった歴史に、打ちひしがれるところから始まります。
「女性たちの声が聞きたい」。そう思い立った中村さんは、産後間もない体を起こし、出会い始めます。インタビューの対象は、出産を経験した女性たちから、子を産まないと決めた人、養子を迎えた人、親になった男性…と、みるみる広がりました。
心身を揺さぶる衝撃的な経験は、ときに、ただ「語られざるもの」として胸中にそっとたたずみます。中村さんは、対話のなかで言葉の糸口を探し、記憶に寄り添い、それらを丁寧に解きほぐします。
インタビューに答え、自身について書かれた原稿を読んだある方は、「自分だけが自分のことを言語化しなくてもいいのだと、深い安(あん)堵(ど)を覚えた」と語っていました。「ケア」の不足した現代に、「聞き書き」という治癒の方法を提示する一冊でもあります。濃密な言葉の生成の旅、ぜひご体験ください。
(集英社・2200円+税)
集英社文芸編集部 岸優希
からの記事と詳細 ( 【編集者のおすすめ】『マザリング 現代の母なる場所』中村佑子著 「ケア」の不足した現代に - 産経ニュース )
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