先行発売された限定車は追加分も即日完売
日本ではルノーカングーが独占してきたマーケットに、シトロエンベルランゴが兄弟車のプジョーリフターとともに参入する。カジュアルでアヴァンギャルドなベルランゴとスポーティ&プレミアムなリフターは、外観も内装も仕立てが結構異なり、それぞれのブランドらしさをうまく体現している。正式導入はこの秋とアナウンスされているが、先行発売された限定モデルは予約開始当日に売り切れ、急遽追加された分も同じく初日に完売となるほどの人気ぶりだ。
カングーが日本で異例のヒットとなったのは、「おしゃれなミニバン」が欲しい人に刺さったからだろう。広くて使い勝手の良い室内空間とスライドドアの利便性は求めるけれど、生活感がにじみ出る国産ミニバンは敬遠したいという層が一定数存在しているということだ。
かくいう筆者もヨメさん用の車は初代最終の2009年カングーである。2CVやBX、エグザンティア、2代目C5と、数多くのシトロエンを乗り継いできた筆者にとって、だからベルランゴはとても気になる存在だ。オクタン日本版編集部が広報車を確保したという情報を聞きつけ、半ば強引に2日間借りたのは、そんな背景があったからである。
C4カクタスから始まり、大ヒットとなったC3で認知度の高まった新世代のシトロエンデザイン、その文法をベルランゴも踏襲している。実用的なコンパクトカーやトールワゴンをクロスモデルぽく見せる魔法のデザインだ。
実際に見るベルランゴはウエストラインが意外と高い。デザイン上のアクセントであるBピラーのキック、そして同じモチーフのウインドウグラフィックや黒っぽいバンパー・ホイール、さらにルーフレールのおかげもあってSUVのような道具感がリフターやカングーよりも強い。
光が降り注ぐ明るくカジュアルなインテリア
この車の見所の一つはインテリアの明るさだろう。光を呼び込む大きなグラスサンルーフには「モジュトップ」と呼ぶ、非常に個性的なデザインの多機能ルーフストレージが組み合わされている。このストレージのセンター部分は半透明なので、ここからも間接光が入ってくる。さらに低く抑えられたダッシュボードも、ベルランゴの明るいインテリアに寄与している。
このインテリアを見てカングーを購入する時に初代C4ピカソと最後まで迷ったことを思い出した。スライドドアを望むヨメさんの声に押されて、結局カングーが我が家にやってくることになったものの、フロントウインドウ上端が大きいC4ピカソの、その室内の明るさは忘れがたい魅力だったからだ。
カジュアルなデザインということで得をしている部分もあるが、質感という点でもベルランゴのインテリアは善戦している。特に水色のラインが利いた黒とグレーのシートが効果的だ。少々慣れは必要だがダイヤルタイプのシフトセレクターも目新しい。「Apple CarPlay」や「Android Auto」対応のディスプレイオーディオもいかにも現代的だ。
ダッシュボードなどには細かなドットが散りばめられた、マーブル模様というか他ではあまり見たことのない模様が入っている。このあたりもカジュアルといわれればそんな気もする。最初はホコリかと思ったことは黙っておこう。
ただ、ドアの内張などに使われている一部の樹脂の見た目は今ひとつと言わざるを得ない。外から見るとかっこいいBピラーのキックしている部分が室内からだとピラーの裏側が丸見えなのもちょっとどうだろうと思った。
初代にしても2代目にしてもカングーのシートは表面が柔らかい。それに比べるとベルランゴのシートはしっかりとした座り心地だ。前後と高さ、リクライニング、ランバーサポート(運転席のみ)と、シートの調整項目は多くはない。しかし、ほんの少しペダル類がセンター寄りかなということ以外にドライブビングポジションに不満はないし、長時間運転してもお尻や腰が痛くならなかったのは期待通りだった。
リアシートはスライドこそしないが十分な足元スペースがあり、加えて前席シート下へも足が入れやすい。例によって3人分が均等に分割されており、真ん中に座る人への配慮が嬉しいが、左右に座る人にとっては余裕のある幅ではないことには注意が必要だ。
ちょっと変わったところではリア用のドリンクホルダーがシート後方にある。フロントシート背面には後席用の折りたたみ式テーブルが備わっている。いかにもドリンクホルダーに使えそうな穴が空いているが、ペットボトルが入らないサイズなのは他の欧州車と同様だ。
容量も工夫多い収納
夜間はムードライトにもなる天井センターのモジュトップは、前述のように透過性なので室内の明るさを損ねない。
その代わりあまり物を置くような気分にもならない。しかし、このほかにも収納スペースは大きなグローブボックスをはじめ、サンバイザー上部やリアラゲッジ上部などに豊富に用意されている。特にリアラゲッジのものは前からも後ろからもアクセス可能で、バックドア側からだと開口部が広く多用途に使えそうだ。
ラゲッジはさすが長さも幅もたっぷりあり、ラゲッジトレイも2段階で高さを変えることができる。リアシートがワンアクションで畳めるうえに座面がちゃんとダイブダウンするあたりも便利だ。欧州車のこの手の操作は重かったり固かったりすることも多いのだけれど、ベルランゴは国産車のようにスムーズに動かすことができる。
スムーズといえば電動ではないもののリアのスライドドアの動きもそうだ。
引き始めだけ少しコツがいるがギクシャクしない品の良い動き方をする。開口部の大きなリアゲートは狭いところでの開閉に苦労するものだが、カングーが観音開きで対応するところを、ベルランゴはガラスハッチを採用することで、使い勝手を確保している。
期待以上だったのは走りだ。まず1.5リッターのディーゼルターボエンジンがいい。ディーゼルの音はするが最新設計らしく回り方が軽い。極低回転域でトルクの薄さを露呈することはあるものの4000回転まで十分なパワーがあり、中間加速でのトルクのツキも良い。さすがに4000回転から上は回っているだけの印象が強まる。しかし8段ATの恩恵で日常使用の範囲であればその回転域は使わないで済む。
アイシンの最新8段ATはとにかく素晴らしい。変速スピードが早く、踏み込んで加速するときはカングーのDCTなどよりスムーズでダイレクトだ。フランス車らしいのは速度域ごとにギアが固定される特性があるので、2速あたりだと意外と変速せずに引っ張ることだ。同じ系統のアイシン8段ATを搭載する三菱デリカD:5やエクリプスクロスにも同じ傾向があって、フランス車みたいだと感じたことを思い出した。マニュアル車のようにアクセルだけで加減速できるので筆者は実に使いやすいと思うが、ルーズなCVTに慣れた人には少しだけ違和感があるかもしれない。
とはいえこの最新ATのおかげで、ベルランゴは上質で洗練された走りを獲得した。国産車やドイツ車ユーザーにアピールするのは間違いないだろう。
足回りに懐の深さを感じるのはフランス車、特にシトロエンやルノーの常であるが、ベルランゴも商用車派生モデルとは思えないほどロードホールディング性が高い。低中速域で目地段差を超えた時のハシューネスこそ多少あるものの、街中での全体的な乗り心地は良好だ。
高速道路ではさらに印象がよくなる。往年のハイドロニューマチックモデルほどではないが、シトロエンらしい揺れの収め方をベルランゴでも味わうことができる。カングーも高速道路での脚のさばき方には定評があるが、比べるとカングーの方が揺れの減衰スピードがリニアだ。ベルランゴのほうがワンテンポ戻しのスピードが遅く、作為的な印象を受けるあたりがシトロエンぽい。そういえばブレーキング時のノーズダイブはあまり感じないのに、加速時に結構お尻が下がるのもハイドロシトロエンぽいと思った。
コーナリングでは特に切り始めのスムーズなハナの入りと穏やかなロールが印象的だった。最近のスバルやトヨタの新世代シャシーはこのあたりの出来がいいのだが、ベルランゴも負けていない。欲をいえば高速でのステアリングセンターのすわりはもう少しだけ良くしてほしい。タイヤはミシュランのエナジーセイバーだったが、空気圧を少しだけ下げたくなった。
ちなみに1人よりも2人、2人よりも3人乗った時の方が、車の挙動も乗り心地も良かった。このあたりは同じく「貨客両方車」の流れを組むカングーとも共通している。
最新モデルらしくいわゆる自動(衝突被害軽減)ブレーキなどの先進安全装備もベルランゴは充実している。ACCも停止時まで対応するし、レーンキープアシスト、さらにはパーキングアシストも標準だ。相変わらずACCのレバーが奥にあって操作方法を覚えるまでは不便なのが唯一の不満だ。
シトロエン2CVやルノーキャトルなど、フランスの伝統的な「大衆車」は「貨客両用車」だった。2CVの設計要件の一つに「悪路を走っても籠いっぱいの卵が割れないこと」とあるのは有名な話だ。その後、「貨」の方はフルゴネットなどの商用車専用ボディへと進化し、「客」の方は一般的なハッチバックスタイルのコンパクトカーへと姿を変えていった。
しかしベルランゴもカングーも一周回って2CVやキャトルのような貨客両用車へと回帰したモデルだと思う。この手のモデルを作らせたらフランスが一番うまいのは今も昔も変わらない。たくさんの人と荷物を、遠くまで快適に運ぶならフランス車に決まっている。
カングーはデビューからすでに10年以上が経過しモデルチェンジが近い。アップデートはそれなりに受けているものの、走りも装備も最新モデルのベルランゴと比べるのは少々酷な話だ。さらに加えるならベルランゴは設計が新しい分、より乗用車側に振って設計された印象を、クロスモデルぽい外観や明るいインテリアから受ける。
我が家のカングーは11年目を迎えたものの、走行距離はまだ5万キロ台である。悪いことに4月に車検を受けたばかり、タイミングベルトも交換してしまった。しかしこの秋に正式デリバリーが始まったら、買い替えの誘惑に勝つことができるのだろうか。なかなか悩ましい問題だ。
文・写真:馬弓 良輔
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April 30, 2020 at 04:05PM
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