東新工業株式会社は、多くのデジタル機器で採用される「マイクロコネクター」のめっき加工分野で先進の独自技術を持つ企業だ。会社設立から3年後の1969年にめっき加工の分野に進出してから技術を磨き、現在では、数多くのグローバル大手スマートフォンメーカーの製品に採用されている。
東新工業の躍進はデジタル機器の市場拡大とリンクしている。PCの小型化に伴い、搭載部品にも小型化が求められるようになった。さらに、2000年以降に市場が急拡大した携帯電話機やスマートフォンでは極小のマイクロコネクターが使用され、そこに施す金めっきの加工技術を持つ東新工業に注目が集まるようになった。
東新工業 取締役の佐藤茂氏は「躍進の転機は2004年にありました」と語る。この年、マイクロコネクターに対する新しいめっき加工技術としてレーザーを利用する方法を確立し、その後、めっき加工業界におけるトップ企業の1社となった。佐藤氏は、現在の状況について「単なるトップベンダーというよりも、オンリーワンのような形になっていて、競合を引き離しつつあります」と説明する。
新設した松本工場の使命
大手メーカーとのビジネスで大量の受注に対応するには、高速にめっきを施す設備や、サプライチェーン全体での効率的な輸送、災害などへの備えが必要だ。東新工業は、本社を置く横浜工場(横浜市金沢区)の他、いわき工場(福島県いわき市)、中国の広東省にも工場を展開しているが、顧客への対応力を高めるために松本工場(長野県松本市)を新設し、2020年2月から本格稼働を始めた。
松本工場 工場長の皆川伸彦氏は「中京地区や北陸の顧客にスムーズな供給を行える松本は、当社が新たな工場を建設する場所として適していると判断しました」と述べる。また、海に面する横浜工場やいわき工場とは異なり、山間部に位置するため災害へのリスクヘッジにもなるという。
そういった同社の生産ネットワークを補完する拠点であること以外にも、松本工場には重要な使命がある。それは「現代の“職人”を育てる」という役割だ。
スマートフォン向けのマイクロコネクターは、その量産規模が大きいこともあり、めっき加工を高速に行う必要がある。また、従来以上に微細化が求められることもあり、生産ラインの全長は数十mに及ぶロングラインになる。「ロングラインでのめっき加工の需要が増えれば増えるほど、各工程の担当者の専業化が進んでいきます。このような環境では、工程全体を把握できるような人材の育成は難しい」(皆川氏)。
「当社がここまで成長できたのは、高度な加工技術に加えて、顧客の要望に柔軟に応えてきた事実があります。その原動力になったのは、コネクターのめっき加工の工程全てを理解した“職人”の存在です」と佐藤氏も強調する。しかし、そういった“職人”の高齢化が進み、新たな“職人”を育成できていない現状に同氏は危惧を抱いている。
そこで、新設の松本工場では、全長十数m程度の多品種少量生産向けのショートラインも設置している。産業機器向けなど細かなカスタマイズが要求される多品種少量生産に1人で対応可能なこの設備を用いて現代の“職人”を育成していく方針だ。
工場ならではの入退管理の悩み
言わずもがなだが、めっき加工では人に害を及ぼす毒物や劇物を日常的に扱うため、薬品の取り扱いには厳しい管理が求められる。また、めっきに使用する金やニッケル、銅などの高価な金属材料は、盗難にも気を配る必要がある。
社員が50〜100人程度の規模であれば管理も難しくないが、現在の東新工業のように、それを大きく超える従業員数となり、海外を含めて複数の拠点を構え、派遣社員なども迎え入れる企業では人間による管理は難しくなる。
セキュリティに対する意識も高まる中で、同社 総務部 横浜総務課 主事の小松隆氏は「工場というロケーションでは、現在導入しているICカードタイプの使い勝手があまり良くないため、他にいい方法がないか対応策を考えていました」と語る。
一般的にICカードは、ストラップ付きのカードホルダーに入れ首に掛けて使用するが、工場ではICカードが機械に巻き込まれる危険があるため、作業着の胸ポケットの中に入れておかなければならない。しかし、入退室の際、荷物の持ち運びで手がふさがっている状態や台車を使っている時に、作業着の胸ポケットの中からICカードを取り出してリーダーにかざすのは非常に面倒で効率も悪く、ストレスもたまる。
決め手は「採用検討時、製造業での導入事例がまだ少なかった」
これらICカードによる入退管理システムの課題を一気に解決するため、新設の松本工場に導入されたのがNECの顔認証システム「NeoFace 顔認証システム導入セット」だった。
「現代の“職人”を育てる」という役割を持つ松本工場は、そこで働くことの価値を分かりやすく示す「先進工場」としても期待されている。小松氏は「松本工場では、顔パス(ハンズフリー)、フリーアドレス、オンデマンドという3つのコンセプトで働き方を変えていこうと考えています。このうち顔パスを実現するのが、顔認証システムによる工場全体の入退管理です」と述べる。
小松氏は「導入のきっかけは、NECが社員向けに実施していた顔認証システムによるビル入退の実証実験を目にしたことでした。その時に認証スピードとスムーズさに驚いたのをよく覚えています」と感嘆する。自らの目で実力を確認していたからこそ、採用候補に選ぶ理由になったというわけだ。その後、展示会などでNECとの接点があり、2018年の冬に改めて顔認証システムに関する提案を受け、具体的な検討が始まった。
小松氏から進言を受けた佐藤氏が、経営陣として顔認証という最新のシステムの採用にゴーサインを出した理由も興味深い。「当時は、製造業で顔認証システムを全面的に導入している事例が少なかったからです」(同氏)というのだ。
国内の製造業が何らかのシステム導入を検討する際に、最初に確認するのが導入事例とも言われている。しかし佐藤氏は「会社にとっていいものだと思えば、実績にとらわれず、新しいことにいち早くチャレンジすることが先々のプラスになると考えました。導入事例が少ない以上、当社の要望も反映してもらいやすいだろうというNECへの期待もありました」と強調する。
用途や場所に合わせてカメラを選択、高い認証精度を維持できるよう最適化
採用を決定した東新工業は、まず本社横浜工場内で顔認証システムの実証実験を行い、顔認証の性能や運用の方向性、既存システムとの連携などについて確認。その上で、松本工場の建屋が完成した2019年11月から段階的な導入を進めた。
松本工場では、工場敷地に防犯用のガン型カメラ、工場建屋の出入り口にドーム型カメラ、建屋内の各部屋にはカメラ付きのタブレット端末、顔認証システムに連携するリコー製複合機の認証用には小型カメラを用いている。用途や場所に応じてカメラをセレクトし、高い認証精度を維持できるよう最適化しているのだ。
出退勤や早退・残業申請の管理など勤怠管理システムとの連携にはタブレット端末が役立っている。出勤時にはロッカールーム出入り口扉の横に設置したタブレット端末で顔認証を行い入室。着替え終了後、部屋の内側にあるタブレット端末に表示される出勤ボタンをタッチすれば、タイムスタンプとして勤務が開始されるという仕組みだ。退勤時はロッカールーム入室時にタブレット端末の退勤ボタンをタッチすればよい。「ディスプレイ表示は操作が簡単で分かりやすいだけでなく、なりすましの抑制にもつながります」(皆川氏)。
急な残業の際にも、今までは都度上司に報告の上申請を行っていたが、フロアにあるタブレット端末をタッチし、顔認証するだけで即座に行うことができる。
高い精度でエラーが少なく素早い認証
松本工場に勤める従業員からの顔認証システムの評価は高い。「両手で台車を押している時など、ドアの開閉の度にカードを胸ポケットから出す必要がないため、とても便利だと従業員からの評価も高いです」(小松氏)。完全ハンズフリーの顔認証は衛生面での利点も大きい。中でも、横浜工場やいわき工場から異動してきた従業員は、これまで使っていたICカードによる入退管理との比較でその利便性や安全性を強く実感しているという。
また、今回の工場全体の顔認証導入には東新工業、NECソリューションイノベータ、NECの3社の協力が大きい。顔認証結果から登録者情報をより顔認証に適したデータに更新することで、精度の高い最新データを維持し続けるNECの顔認証システムの特徴を生かし、さまざまな環境下でもエラーの少ない認証を実現した。
他にも、導入の際に危惧していた早朝深夜といった暗い時間帯における認証精度を高めるためのライトの光量調整、夕刻の西日対策なども、事前に課題を洗い出すことで、完成度の高いシステムを作り上げたのだ。
これらの工夫の結果、実際に従業員から顔認証のスピードが早いという評価も得られている。
さらなる新工場の建設を計画、NECの顔認証システムも導入へ
松本工場を新設したばかりの東新工業だが、実はさらなる国内新工場の建設計画も進めている。新工場の規模は松本工場の約3倍。2020年11月の操業開始を予定している。この新工場には、松本工場で培った知見を反映した、NECの顔認証システムによる入退管理システムを導入する方針だ。
同社は、顔認証システムをはじめ、各種の最新システムを連携・活用する企業として先進性をアピールし、優秀な人材を確保したい考えだ。「顔認証は新しい技術であり、これから認知度が高くなっていくソリューションだと捉えています。導入効果により恩恵を受ける既存社員はもちろんのこと、そのシステムをいち早く導入している企業として、感度の高い野心的な人材の当社への関心を引き寄せ、つながる可能性を広げていけるのではないかと期待しています」と佐藤氏は述べている。
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