Sunday, January 12, 2020

日本書紀と現代 成立千三百年の教訓 - 中日新聞

 日本最古の歴史書の一つ「日本書紀」が七二〇(養老四)年に成立して千三百年。各地で特別展などが開かれ、貴重な史料を実見できるこの機会に、史実を記録し、伝えることの重みを考えたい。

 日本書紀は漢文体で記述され、三十巻からなる。巻一〜二は、日本の誕生神話を伝える「神代(かみよ)」の巻。巻三から巻三十は、神武天皇から持統天皇まで歴代天皇の事跡や歴史上の出来事などを記す。

 その成り立ちや記述の内容などについては多くの議論があるが、今に伝わる「正史」としては最も古い。原本は失われたが、さまざまな写本が残されており国宝や重要文化財にもなっている。

 東京・上野の東京国立博物館で十五日から開催の「日本書紀成立1300年特別展 出雲と大和」は、天理大付属天理図書館蔵の国宝「乾元本」を二月九日まで展示。名古屋市の熱田神宮も、二十八日まで開く新春特別展「日本書紀の世界」に、所蔵する重文の「熱田本」を出展している。

 日本書紀の編纂(へんさん)は、約四十年もかかったとされる大事業だった。それを読み継ぎ、書き写した人も多くいたことから分かるように、この国の先人は国の出来事を記録して後世に伝える重みをよく理解していた、といえよう。都合の悪い文書を都合よく処分して恥じない現代の政治家や官僚は、大切な教訓とするべきではないか。

 ただしその一方で日本書紀は、政治が歴史に対して口をはさむことの危うさも今に伝えている。

 もともと天皇の命で編まれただけに、その目的は当時の王朝の正統性や権威を示すことにあった。いわば歴史上の「勝ち組」の主張に沿った筋書きが描かれているのだ。このため、年代など記述に矛盾や不合理があることは、すでに江戸時代から指摘されていた。

 だが明治以降は天皇制の正しさの論拠とされ、「古事記」とともに批判の許されない<神典>となる。昭和に入り、思想や言論への統制が強まると、客観的な史実の記録ではないと説く歴史学者の津田左右吉が出版法違反で有罪にされるという出来事が起きた。「津田左右吉事件」だ。

 上古の歴史を伝えつつ、学者さえ弾圧される圧政国家となった近代をも映し出す書物なのだ。それが再び神典とされるような時代を防ぐためにも、現代の研究者には記述のうち史実ではない部分を巡る実証的な研究をさらに進めてほしいし、こうした問題をはらむ書である点も広く伝えてほしい。

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