近代日本の経済を象徴する存在である「財閥」。三井・三菱・住友といった「三大財閥」を筆頭に、巨大な企業集団を形成し、今もなお大きな影響力を誇っています。一方で、財閥と聞くと、どこか閉鎖的でマイナスなイメージを持つ方も少なくないのではないでしょうか。しかし、今回『財閥の時代』を刊行した武田晴人さんは、「財閥の存在を考えることで、今の会社や組織の問題点を指摘することができる」と言います。財閥が日本経済に果たした役割についてお話を伺いました。
日本の経済史を考える上で「財閥」を避けては通れない
――なぜ、数多ある企業の中で財閥という存在を選ばれたのでしょうか?
武田:そうですね、この本が最初に出たのは1995年でした。「世田谷市民大学」というところで行われた社会人向け講義が元になっていて、この講義自体は90年の秋、もう30年ほど前に開いたものでした。与えられたお題はざっくり「日本の企業の歴史」というものだったのですが、そこで選んだのが「財閥」というわけです。
財閥がクローズアップされる文脈は、大きく分けて二つあります。一つは経済史。戦前、日本はいわば「独占的資本主義」と呼ばれるような体制だったのですが、その中で最も重要な地位を占めたのが財閥でした。もう一つは経営史です。ご存知のように、明治以来、日本は急激な経済発展を遂げるわけですが、その主役が企業という存在です。そして、その中でも財閥というのは、諸外国と比較してもちょっと特異な性格を持っていました。それは出資者と企業との関係など日本企業の特徴に繋がるものです。
――どういうことでしょうか?
武田:財閥というのは、基本的に出資者以外からの資金を受け入れないんですね。これを専門的には「出資の封鎖性」と言います。ふつうの企業は、資金を借り入れたり、株式を募集したりして、より多くの資金を得て、その分だけ高い成長力を見込むことができます。しかし、財閥の場合それはできない。にもかかわらず、日本経済のトップをずっと走り続けている……これが財閥の面白い点です。そして、その成長の結果、先ほど述べた独占的な産業支配という構造が出来上がってくる。二つの文脈が繋がってくるわけです。
――財閥が近代日本の経済を語る上で、避けては通れないものなんですね。
江戸時代からの連続性
武田:出資者と企業の話をもう少し詳しく見てみましょう。のちに財閥を形成する企業は、遅くとも明治の前半期に登場しているわけですが、創業期には経営者が出資者を兼ねるということは十分ありうるわけです。しかし、これが2代目・3代目・4代目……となっていったときに、その子供たちが有能な経営者であるとは必ずしも限りません。つまり、この時点で「出資者=経営者」という図式から離れて、出資を行っていない「専門経営者」という人たちが必要になってくるわけです。
――今の私たちにとっては、そちらの方が馴染み深い気がしますね。
武田:ただ、面白いのはこのような人たちに仕事を委ねるという仕組みがいつ生まれたのか、ということです。これに関しては、三井や住友などを見ていると、江戸時代以来の日本の商人たちの伝統の中に、「番頭に仕事を任せる」という仕組みがあったことが重要な起源になっている、と考えられるんですね。
――なるほど! 意外なようで、不思議と納得感はあります。
武田:この仕組みを前提とした財閥の特殊性を、専門用語で「総有制」と言います。経営は番頭に一任する一方で、資産は同族のものである。そして、その資産は同族それぞれの個人のものではなくて、先祖代々から受け継がれ、現在の当主でもそれを預かっているという認識なんですね。つまり、基本的に個人の利益のために使うことは制限されているわけです。そうなると、事業の利益というのは再投資に向かいます。この流れによって、先ほど述べた出資が限られているというデメリットを抑えることができる。そういう仕組みが、いわば日本の企業にビルトインされているわけです。
――一般的な認識だと、「明治維新をきっかけに日本の近代化が一気に進み、経済の仕組みがガラッと変わった」という捉え方をすると思うのですが、実は維新前の江戸時代からの連続性があるわけですね。
武田:ええ、少なくとも財閥の中には生きていました。
ただ、そうはいっても、専門経営者がいれば発展が保証されるわけではありません。たとえば、第一次世界大戦期には、多くの商社が大失敗をするわけです。具体的には古河商事や鈴木商店などで、彼らの失敗の背景にはノウハウの蓄積が不十分であったり、ワンマン経営や組織全体の管理の不徹底などが挙げられます。もちろん、この失敗には様々な経済情勢や社会情勢などの要素も絡んでいます。一方で、この例からわかることとして、確固とした地盤を築くためには、専門経営者を活かし、専門経営者が活きる組織が必要だったということです。
渋沢栄一の影響力は限定的?
――以前先生が「渋沢栄一はほとんど財閥の話に関わってこない」とおっしゃっていたことがとても意外でした。大河ドラマや新紙幣の話題でもクローズアップされているように、渋沢栄一と言えば「明治以降の経済界ですごく影響力を持っていた人物」という印象ですが、彼と財閥はあまり関係がなかったんでしょうか?
武田:うーん、正確に言えば果たした役割が違うといったところでしょうか。たとえば、当時お金を持っていたのは、昔の殿様である華族を別にすれば、都市の商人なんですよ。両替商とか、金貸しとかね。しかし、彼ら自身がいきなり「鉄道業をやろう」とか「紡績業をやろう」とか、一足飛びにそういう話にはならないわけです。
そういう状況下で、彼らから金を出させる仕組みを作ったのが渋沢という人です。当時はまだ株式市場や金融市場というのが機能していないわけで、その中で彼が「この事業は将来性がありますよ」と旗を振ることでお金が集まった。それが渋沢の合本主義です。
一方で、三井や住友というのは、ある種伝統的な商人でありながら、新しいビジネスの芽をつかんで近代的なビジネス組織を自ら作った人たちです。つまり、自分たちでお金とビジネスの距離を詰めた人たちと言えるでしょう。
――そもそも目指していたビジネスの方向が違うということですね。
武田:ええ。当時のお金とビジネスの関係を示す有名な話として、こんなものがあります。とある地域に鉄道を作るということになり、地元の有力者が鉄道会社に出資を強制された。その時に彼は「御一新になったら世の中はずいぶん変わりましたね。昔ならお上から金を取られたら、もう返ってこないものだと思っていましたよ。御一新後は配当というものがいただけるようになりました」と話した、というものです。まだ、お金とビジネスというものが結びついていなかったんですね。その両者の距離を縮める役割を果たしたのが、渋沢というわけです。
財閥から企業のあり方を再び考える
――最後に、先生が考える「いま改めて財閥の歴史を紐解く意義」を教えていただけますでしょうか。財閥の特殊性や性質を学ぶことは、現代の私たちにとってどのようなメリットがあるのでしょう。
武田:まず、財閥の成長を見ていく中で一番重要だと考えるのは、冒頭に述べた「出資者の封じ込め」という点です。長期間にわたって専門家に対して経営を任せる。出資者は余計なことを言わない。安定的な配当を受けて満足する。こういう原理が働いていたからこそ、財閥は長期にわたって発展し続けたわけです。
一方で、現代的な「株主本位」という企業の在り方は、明らかにそれとは対立する考えです。「自分の利益のために強い要求を出す」というのが、本当に会社のためになるのか、企業のためになるのかというと、少なくとも財閥の歴史、日本の企業の歴史を見る限りでは否定的なエビデンスしか持っていません。しかし、日本の企業論は、この30年くらいそのことを無視して突っ走ってしまっているわけですね。だから、もう一回財閥の歴史を紐解くことで、「経営の専門家をどう生かすのか」や「企業組織の中でお金をどのように回すのか」という点について考えるべきではないかと思うんです。
――「株主主義・個人主義で利益を追い求める。そうじゃないと成功しない」という言説に対して、財閥が一つの反証になっているということですね。
武田:なります。たとえば、財閥は持株会社の中で株を売買したりということはありましたけど、会社自身を分割して売却したりということはしていません。つまり、いわゆる「選択と集中」ということで、儲かる部分だけを残してあとは全部売却してしまう、ということはしていないわけです。
アメリカにビジネス・ラウンドテーブルという主要企業が名を連ねる財界のロビー団体があるのですが、彼らが2019年に出したステートメントは「株主資本主義を止めて、すべてのステークホルダーに対して企業が責任を持たなければいけない」というものでした。つまり、現時点で、この20~30年続いてきたアメリカ発の市場原理主義的な議論が見直されつつあるということです。この文脈の中で、財閥という存在を改めて見直す意義も十分にあると考えています。
――現代的にも読むことができるポイントも多く盛り込まれていますね。
武田:もちろん、単に歴史の本としても面白いものだと思います。と同時に、なぜ財閥がこれだけ長期にわたって日本経済の中枢部に居続けられたのか、その事実が持つ現代的な意味も考えてもらえれば、一番うれしいですね。
▼武田晴人『財閥の時代』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321910000162/
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April 20, 2020 at 10:01AM
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