資本主義は個人の自由競争を基本とする。アダム・スミスは、自由競争が行われる中、「神の見えざる手」が市場利益を最大にする、と説いた。この古典的資本主義は、その後、産業が発展するにつれそのまま維持することは難しくなり、国家による様々な手直しが行われてきたが、ファシズムや共産主義の挑戦をはねのけた現代の資本主義が、基本的に自由競争を存立の基盤とすることは変わりない。だから、これを阻害する独占を禁止し、プレーヤーが同等の条件で自由に競争できるよう制度の整備を図ってきた。
その現代の資本主義は、今、新たな挑戦を前に変貌を余儀なくされつつある。他でもない中国の登場だ。
個人が自由に競争するのでなく、国家が個人に「肩入れ」して試合に送り出す。試合をするプレーヤーの同等の条件を旨とした資本主義が、試合開始の時点からプレーヤーが同等でない。そういう中国に伍していくにはどうすればいいか。こちらも国家が「肩入れ」するしかあるまい。かくて、現代の資本主義は「国家資本主義化」していく。かつて、国家丸抱えの産業政策が「日本株式会社」と揶揄された日本だが、今や、「欧州株式会社」「米国株式会社」が大手を振るう。国家丸抱えは日本の得意分野だ、日本は存分に力を発揮できる、と思いきや、ことはそう甘くはない。どうして「日本株式会社」は機能しなくなったのか。
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March 17, 2020 at 10:03AM
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資本主義は変貌したか - 花田吉隆|論座 - 朝日新聞社の言論サイト - 論座
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