当初はインフルエンザの感染予防と同等で
東京都内の高齢者介護施設で送迎を担当していた職員が、新型コロナウイルスに感染したと報道された2月22日、介護施設、介護事業所を運営する10法人に、メールで新型コロナウイルス感染対策についての緊急調査を行った。
25日までのわずかな時間で回答を求めたにもかかわらず、実施している感染対策について、7法人が回答してくれた。忙しい中、短期間でご回答くださった法人の皆様にお礼を申し上げたい。
感染症対策は、職員の感染予防意識をいかに高めるかが肝になる。今の時期は、例年、インフルエンザの流行期ということもあり、D法人(本社・東京)、E法人(本社・東京)など、職員に対して標準予防策(スタンダードプレコーション)を実行させている法人が多かった。
日本緊急医学会によれば、標準予防策とは下記の通りである。
この感染予防策を、対応の早い法人では、1月末から通常以上に徹底するという方針をとっていた。1月末時点では、日本国内の感染者は12名。多くの患者が中国・武漢市の滞在歴がある人で、症状も軽く、国民の多くが切迫した危機感を持っていない時期だった(*1)。
厚生労働省も、1月31日の通知では「風邪やインフルエンザ同様に、まずは マスク着用を含む咳エチケットや手洗い、アルコール消毒等により、感染 経路を断つことが重要」と指示している。介護施設・事業者としては妥当な対応だろう。
刻々と変わる状況に応じて更新せざるを得ない対策
以降は次々と感染が広がり、2月25日現在、日本国内の感染者数は156人。どこで感染したかを特定できない感染者が増えている。
1月末から2月25日までの間に、厚生労働省は都道府県・市町村の介護保険担当課宛に、次々と社会福祉施設等における新型コロナウイルス対策についての通知を発出している。
2月21日の通知では、マスクや消毒用アルコール等の衛生用品が不足している場合は、都道府県に対して、介護保険担当部局等の備蓄を高齢者施設等に優先的に提供するよう要請している。
とにかく感染経路を遮断するために、行政も社会福祉施設等も万全を期してほしいということだ。
介護関係の各法人は、こうした通知に従い、法人内の対策を決めている。感染状況が日々変化し、新型コロナウイルスの感染力や潜伏期間、感染力の高い時期等についての情報も不確定であることから、対策の策定は実に困難だ。
「刻々と変わる感染状況を見ながら、日々対応を検討しているのが現状で、現時点でお答えするのは難しい」と、筆者の質問に対し、対応策の一部のみを返信してくれた法人もあった。
マスク着用、正しくできている?
多くの法人でまず行っているのは、職員に関する感染症対策である。
具体的には下記のような内容だ。
(1)朝の検温
出勤前に自宅で検温、出勤時に検温、出勤前も出勤時にも検温、などのパターン。24日付で厚生労働省から発出された通知では、出勤前に検温し、発熱が認められた場合は出勤停止を徹底、とされたことから、今後はこれに準じていく法人が増えるだろう。
発熱については、厚生労働省の通知にある37.5度以上とする法人が多いが、A法人(群馬県高崎市)だけは、37.3度としている。その根拠を尋ねたところ、隣接する埼玉県の感染者の発症までの経過を確認。朝、37.3度、夕方37.5~6度で翌日に陽性反応が認められていることから、リスクヘッジの観点から37.3度としたという。
法人としての対策を策定していく場合、何を根拠にその対策をとるかを明確にすることは大切だ。厚生労働省が指示しているから、というのもひとつの根拠になる。しかし、A法人のようにさらに情報を求めて、どのような対策がより望ましいかを独自に検討する能動的な姿勢が見られると、利用者にとっては心強い。
(2)手洗い・消毒・うがい・マスク着用の徹底
マスク着用を除き、平時も手洗い・消毒・うがいについては、多くの介護施設等では「標準予防策」となっているはずだ。インフルエンザ流行期の今であれば、マスク着用の施設等も多い。
各法人からの回答にも、これらの感染症対策を「徹底する」という記述が多かった。問題はこの「徹底」である。「標準予防策」として平時から行っていることほど、実はおろそかになりがちだ。
例えば、マスク。
マスクを着用していても、鼻が出ていたり、ずらして顎に当てていたり、ずれたマスクの鼻先を指でつまんで動かしたり。
ついやってしまいがちだ。
それでは病原体を含んだ飛沫を吸い込んだり、マスクの表面についた病原体を手指につけてしまったりすることになる。
せっかく有効な感染症対策を打ち出しても、ルールが正しく実践されなければ、対策の効果は損なわれてしまう。
そこで、B施設(三重県津市)では、新型コロナウイルスに関する感染対策を職員に周知する際、改めてマスクの正しいつけ方や正しい手の洗い方、咳エチケットなどをわかりやすく示したイラスト入り資料を同時に配布した。
こうした情報提供は、職員の感染予防の意識を高めることにつながるだろう。
この施設では感染状況の変化に合わせて、とるべき対策をこまめに更新。今後も、県内で罹患者が出た場合、近隣施設で罹患者が出た場合、自施設で罹患者が出た場合、といった区切りで、対応のレベルをさらに引き上げていくことにしているという。
(3)研修等の中止・延期
法人内での研修や会議、懇親会等に、制限をかけている法人は多い。C法人(本社・東京都)では、「複数事業所による合同研修、会議、懇親会等は原則中止または延期」とし、「開催必須の場合はWEB会議等の代替手段にて実施」としている。また、「公共交通機関を使用した遠方への出張も原則中止または延期」という徹底ぶりだ。
このほか、施設見学や実習生の受け入れの中止や制限、施設内でのイベント、外出レクリエーションの中止や延期を決めた法人も多い。
施設の場合、おむつなどの衛生用品やリネンなどを納品する業者の出入りもある。こうした業者についても、「受け渡しは玄関先で行う。ご入居者の居室への納品は禁止。リネン等の大量納品がある場合は、入館時の検温・手洗い・うがいを徹底し、共有部にのみ納品可とする」(C法人)、
「マスク着用・手洗い・手指消毒をお願いした上で、玄関など施設の限られた場所で行うこととし、施設内に立ち入る場合には体温を計測してもらい、発熱が認められる場合には立ち入りをお断りする」(B施設)と、施設内への立ち入りを制限している。
熱がある家族は看取り期の入居者であっても面会禁止
また、家族等の面会についても、どの法人も概ね制限をかけている。
「原則控えてもらう」(C法人)(E法人)
「基本的には感染終息まで面会は遠慮いただくが、必要な届け物がある場合は玄関先での対応。来所を受けて入れるのは、37.5度以上の熱がなく、咳、鼻水、くしゃみ、ノドの痛み、嘔吐、下痢等の症状がない場合」(D法人)、
「原則制限するものとし、緊急やむを得ない場合は体温を計測してもらい発熱が認められない場合のみ可とする」(B施設)という対応。
どの法人も、面会を受け入れる場合は、マスク着用や手指消毒は必須である。
A法人では、家族等の面会を受け入れている(2月13日策定の対応)。ただし、玄関口で検温を実施。37.5度以上ある場合や、呼吸に息苦しさがある場合には入場を全面禁止している。面会する入居者がターミナル期であっても例外はないという方針だ。
感染拡大を防げるかどうかは今が正念場
難しいのは、日中、通って利用するデイサービスの利用者や、訪問介護の利用者への対応だ。
B法人では、デイサービスの利用者には送迎車に乗る前に検温。37.5度以上の熱がある場合は利用を断り、ケアマネジャー(介護サービスの調整等を行う専門職)に連絡してその後のフォローを依頼することとした。
一方、訪問介護を提供するF法人(本社・東京都)では、2月25日現在、発熱がある利用者にも訪問を実施。使い捨てマスクを訪問先の利用者宅で処分するという対応をとっている。体調不良の高齢者こそ訪問介護を必要としており、職員の安全確保との兼ね合いは難しい。
2月23日にアップした、「高齢者介護施設は新型コロナウイルス感染ハイリスク者の集団生活の場。面会の一時的中止も検討すべきでは?」の記事では、地域の感染状況に応じ、施設等での面会の一時的な中止の検討を呼びかけた。
家族等や入居者からの反発はあるだろうが、面会を全面的に禁止するのは、ある意味簡単な感染症対策だ。
しかし、B施設の施設長は、マスクの正しい着用、適切な手洗いの励行、ドアノブの消毒(この施設では、2月25日現在、1日5回消毒している)など、職員がやるべき基本的な事柄の確実な実行を徹底することが、面会中止より先だと語る。
もっともな指摘だ。
こうした非常時にこそ、法人としての基本姿勢が如実に表れる。刻々と変わる状況を冷静に把握しながら、迅速に適切な対応を打てるかどうか。
これからの1~2週間が、新型コロナウイルスの感染拡大を防げるかどうかの正念場だという。介護施設、事業者の頑張りで、高齢者への感染拡大を防いでもらうと同時に、私たち一人ひとりも感染予防への意識を高めて、この1~2週間を過ごすことが大切だ。
マスクの鼻先をつまんでずらしたり、たたんでポケットに入れたりするのはもう辞めよう。
*1 厚生労働省 中華人民共和国湖北省武漢市における新型コロナウイルス関連肺炎について(令和2年1月31日版)
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February 26, 2020 at 05:00AM
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