南カフカス地方の旧ソ連構成国、アルメニアとアゼルバイジャンの係争地、ナゴルノカラバフ自治州を巡る紛争は、各種の軍用ドローン(無人機)や、IT(情報技術)を用いたプロパガンダ(政治宣伝)を駆使する現代の国家間紛争の形をあぶり出した。特に目立ったのが、アゼルバイジャンのドローン戦術の巧みさで、アルメニア側の防空網を早期に無力化。専門家は「今後の局地的紛争の在り方を世界に示唆した」と分析している。(モスクワ 小野田雄一)
旧式機を「おとりドローン」に
9月27日に始まった戦闘では、これまでに双方で少なくとも900人以上の兵士・民間人が死亡。停戦の仲介に動いているロシアのプーチン大統領は今月22日、合わせて5000人近くの犠牲者が出ているとの見方を示した。
両国は「戦闘の責任は相手にある」と非難合戦を繰り広げている。ただ、第三国の専門家の間では、国際的に自国領とされながらアルメニア側が実効支配する自治州の“解放”を狙ったアゼルバイジャンが開戦を主導したとの見方が強い。
同国は近年、軍備増強を進めていた上、戦闘の数日前から自治州の境界線付近に部隊を集結。準軍事同盟関係にあるトルコの支援もアゼルバイジャンを後押ししたとみられている。
戦闘開始後にアゼルバイジャンが取った戦術は次のようなものとされている。
(1)第二次大戦直後に設計された旧ソ連の旧式複葉機「アントノフ2」をドローンに改修し、同自治州に進入させ、攻撃を誘発させてアルメニア側の対空システムの位置を特定する。同時に、偵察ドローンで相手の戦力配置を把握する。
(2)火砲や対地ミサイル、敵のレーダー電波を感知して突入するイスラエル製の自爆ドローン「ハーピー」、トルコ製の上空滞在型攻撃ドローン「バイラクタルTB2」――などを駆使し、ドローンの脅威となる単距離地対空ミサイルや対空砲陣地、地上部隊の脅威となる戦車などを排除する。
(3)その上で地上部隊を進軍させ、拠点を占領する。
アルメニアも小型ドローンを持つが、偵察用で数も少なく、アゼルバイジャンに対抗できなかったとみられている。
今回の戦闘は、アゼルバイジャンが同自治州や付近の複数拠点を占領した段階で一応の停戦合意をみた。ただ、停戦後も戦闘は散発的に続き、情勢は不安定だ。今後本格化する予定の具体的な停戦交渉では、アゼルバイジャンが支配下に置いた地域の扱いが焦点になるとみられている。
進む新たなドローン研究
アゼルバイジャンのドローン戦術について、軍事研究者の小泉悠・東大先端科学技術研究センター特任助教は「アゼルバイジャンの戦術は、おとりドローンを使って敵の防空陣地の場所をあぶり出す伝統的な戦術の延長上にあるものだ」と指摘。軍事専門家にとっては特に目新しいものではないという。
その上で「アゼルバイジャンのドローンが大きな戦果を上げられたのは、アルメニア側のドローン妨害能力の不十分さや、(戦車や対空陣地の)偽装や隠蔽(いんぺい)のまずさなどの要因によるところが大きい」と指摘。対ドローン戦術を研究している米国や中国、ロシアなどの軍事大国に対しては、アゼルバイジャンが取った戦術の有効性は低下するという。
小泉氏によると、米中両国はレーダーで探知できないステルス性を備えた高速ドローンや、無数の超小型ドローンが集団として振る舞う「スウォーム(虫の群れの意味)技術」など、さらに高度な技術開発を進めている。
他方で、小泉氏は「今後の戦争では、大国同士が直接衝突するよりも、シリア内戦やリビア内戦で既に見られるように、大国が相互に抑止をきかせながら『手先(プロキシー)』を使って代理戦争を繰り広げるような戦略が一般化する可能性がある」と指摘する。
大国の介入が限定され、小国同士が衝突する局地的な紛争が現代における戦闘の典型の一つである以上、今回のアゼルバイジャンのようなドローン戦術は、今後も大きな威力を発揮する可能性がある。
露防空システム無力
今回の戦闘では、ロシアと軍事同盟を結ぶアルメニアが保有する露対空ミサイルシステム「S300」などの高性能な対空兵器が、多数のドローンが飛び回る戦場では十分な働きができないという事実も浮き彫りとなった。
戦闘では、アルメニア側のS300はいくつかのミサイルの迎撃に成功した一方、複数のS300がドローンに撃破された。ロシアが誇る対空システムが撃破されたことで、露メディアは衝撃を受けたようだ。
露有力紙「モスコフスキー・コムソモーレツ」(電子版)は17日、「ナゴルノカラバフ紛争はS300の無力さを示した」と題した記事を掲載。記事は「アルメニアの防空システムのほぼ完全な無力さは、予期しないものだった」とし、驚きを隠さなかった。
その上で、「S300は本来、敵の戦闘機やヘリコプター、ミサイルなどを探知して破壊するためのもので、小型のドローンの撃破は想定していない。ドローンに対処する兵器は短距離地対空ミサイルなどだが、それらは開戦直後に破壊された」とする露軍事専門家、ミハイロフスキー氏の見解を紹介。同氏はアルメニア側が即座に無力化された要因として、小泉氏と同様、防空システムの脆弱(ぜいじゃく)さやアゼルバイジャン側の巧みな戦術を指摘した。
ただ、今後起きうる紛争では、今回の戦闘でも示されたように、制空権確保のためのドローンの重要性が増す一方、従来の対空システムが想定する大型の有人兵器が活躍する局面は限られていくとみられる。
S300やその後継であるS400の輸出に力を入れているロシアにとって、S300の限界が示されたことは痛手であることは間違いなさそうだ。
SNSでプロパガンダ
今回の紛争を巡る別の特徴は、アゼルバイジャンとアルメニアの双方が、インターネット上に敵兵器や部隊を攻撃する映像や画像を競って公開し、世界にアピールしたことだ。
近年、シリアやリビアの内戦では、戦果をアピールしたり、国際世論を味方につける目的で、政府軍に対抗する武装勢力が積極的に戦闘シーンを撮影した動画を発信してきた。イラクやシリアで疑似国家を建設しようとしたイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)なども、残虐な動画を拡散させることで自らの過激思想の訴求力を高めた。
ところが今回は、「国家同士」がIT空間で情報合戦を繰り広げた。
両国の国防省は戦闘開始以来、TwitterやWebサイトに、相手陣地や戦闘車両を撃破する動画や、相手側の攻撃で民間人が死傷したとする動画を多数投稿してきた。双方には、戦果を誇示して自陣営の戦意を高揚させつつ、相手側の非人道性を訴える思惑がある。
これらの動画は、世界中の人がアクセス可能な状態で流され、情報が十分に精査されないまま無限に拡散されていく。
小泉氏も今回の紛争の一側面として「両国の国防省が、かなり誇張したと思われる戦果をTwitterで宣伝したり、アルメニアのパシニャン首相が戒厳令と総動員をTwitterで告知したりと、Twitterが情報戦の主戦場となった感がある」と指摘した。
今回の紛争では、双方が互いに相手の戦果の発表を「虚偽だ」と否定する場面も多く見られた。技術の発達で、本物と見分けがつかないフェイク映像の作成も容易になっている。
今後起きうる紛争でも、プロパガンダ手段としてのインターネットの活用がますます進むとみられる。
ドローンやITが駆使された今回のアゼルバイジャンとアルメニアの紛争は、そうした現代の紛争の“かたち”を予感させている。
【ナゴルノカラバフ自治州】 アゼルバイジャン西部に位置。旧ソ連末期、多数派のアルメニア系住民がアルメニアへの帰属変更を求めてアゼルバイジャンと対立し、両国で計数万人が死亡する紛争に発展。ロシアの支援を受けたアルメニア側が実効支配を確立した状態で1994年に停戦となった。これまでも戦闘が散発的に発生してきたが、今回の衝突は停戦後としては最大の規模となった。
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October 30, 2020 at 05:00AM
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