Monday, July 15, 2024

【SPF China Observer】中国外交官とペルソナ・ノン・グラータ | SPF China Observer - 笹川平和財団

はじめに

 最近、駐日中国大使、大阪総領事の言動が大きな物議を醸してきた。

 5月20日、台湾で開催された頼清徳総統の就任式に日本の超党派議員が出席したことを中国は問題視し、在京中国大使館は抗議の談話を発表した[1]。また、薛剣大阪総領事は、上記総統就任式に出席した日本の与野党の国会議員に対して、その行動に抗議し、台湾独立に加担することがないよう強く戒める書簡を送っていた[2]。

 そのうえ、呉江浩駐日大使は鳩山由紀夫元総理大臣や福島瑞穂社民党党首、外務省OBの孫崎享元イラン大使らを前にした座談会で、台湾問題で日本が中国分断に加担すれば「日本の民衆が火の中に連れ込まれることになる」とまで発言した[3]。

 こうした相次ぐ言動に対しては、林芳正官房長官が記者会見において「在京大使の発言として極めて不適切」[4]と述べ、また松原仁衆議院議員が質問主意書において「日本政府に対して失礼千万で、敬意を欠く」[5]と提起するなど日本の朝野から声が上がるとともに、このような外交官については、「ペルソナ・ノン・グラータ」(好ましくない人物)として日本から「追放」すべきではないかとの議論がかまびすしい。

 本論考では、通常耳慣れない「ペルソナ・ノン・グラータ」制度の拠って来るところを確認し、これが今次問題にどのように適応され得るのかについて考察することといたしたい。

外交官の保護

 近現代の国際社会において外交関係を司る上で「ゴールデン・ルール」の一つとして掲げられてきたのが、主権国家の代表たる地位にある外交官の保護である。

 外交官の身体は不可侵とされ、外交官は、いかなる方法によっても抑留又は拘留することができない(外交関係ウィーン条約第29条[6])。むろん外交官の中にも犯罪に従事するような不心得者がいないわけではないが、何らかの理由で外交官の身体の自由を奪うことができることになると、接受国(注:外交官の受入国)によっては様々な理由を付けて、場合によっては理由を捏造してまで外交官を拘束しないとは限らない。そうしたことは外交関係の遂行に対する著しい障碍をもたらす。こうした危険性についての国際関係の長い歴史を通じた国際社会共通の認識があって、絶対的な不可侵が認められてきたのである[7]。

 だからこそ、1979年のイラン革命の際、イスラム法学校の学生らが在テヘランの米国大使館や総領事館を占拠し米国人外交官等を人質にとった事件は、国際社会を驚愕させた。拘束されている米外交官等の即時解放を求めた請求等に対する暫定措置命令(1979年12月の判決)の中で、国際司法裁判所は、「国家間の関係の遂行のために外交官及び公館の不可侵以上に重要な確保されるべき前提条件はない」[8]とまで明言した。

 また、身体の不可侵に並んで重要なのは、接受国の刑事裁判権からの免除である。刑事裁判については、外交官は接受国の裁判権からの絶対的な免除を共有する(外交関係ウィーン条約第31条)。これは、外交官の身体が絶対的に不可侵とされることと同様、外交活動の円滑な遂行確保の必要性に基づく古くからの諸国家の幅広い認識の共有に裏付けられた慣習国際法上確立した規範である[9]。すなわち、ウィーン条約を締結していようがいまいが、主権国家である以上拘束される規範となっているのだ。

その裏面としての「ペルソナ・ノン・グラータ」

 一般人には認められていない、こうした絶対的な免除があるだけに、国際法はそのコインの裏面として、外交官として「好ましくない人物」については受け入れを拒否することができるようにしている、と言って過言でないだろう。

外交関係ウィーン条約第9条の規定は明確である。

 「1.接受国は、いつでも、理由を示さないで、派遣国に対し、使節団の長(注:大使のこと)もしくは使節団の外交職員である者(注:大使館の外交官)がペルソナ・ノン・グラータであること(中略)を通告することができる。その通告を受けた場合には、派遣国は、状況に応じ、その者を召喚し、又は使節団におけるその者の任務を終了させなければならない。(後略)」

 「2.派遣国が1に規定する者に関するその義務を履行することを拒否した場合又は相当な期間内にこれを履行しなかった場合には、接受国は、その者を使節団の構成員と認めることを拒否することができる。」
これ以上強い文言はないだろう。

 第1項に規定されたとおり、「いつでも、理由を示さないで」ペルソナ・ノン・グラータとして通告できるのである。そして、派遣国が対応しなかった場合には、当該外交官を大使館員と認めない、すなわち、外交官としての地位を剝奪することができるのである。

中国大使の発言は「ペルソナ・ノン・グラータ」に当たるか

 そうした制度の趣旨を踏まえて、今回の中国大使の発言を振り返って見よう。
冷静に分析して見ると、いくつかの特異な点が留意される。

 第一に、呉大使の今次発言は突発的になされたというよりも、意図的かつ計画的な側面が濃厚である点だ。何を置いても注目されるのは、昨年の4月にも同様の発言[10]を行っていたことだろう。当然、その際にも日本側は抗議を行っているが、今回同様な発言を大使が行ったということは、日本のメッセージの含意を中国側が正しく理解しなかったか、あるいは日本のメッセージを承知の上で敢えて意図的に繰り返し行っているとみるのが自然であろう。大阪総領事の類似の発言やSNS上での発信[11]を合わせて見ると、「戦狼外交」の中国が極めて攻撃的で挑発的な言動に注力してきた傾向が如実にうかがえる。

 第二に、留意すべきは、その発言が従来のそれとは大きく異なるということだ。中国側の従来の発言は、靖国神社参拝等をした日本の特定の人物を対象としており、そうした「反動分子」と「平和を愛好する日本国民」とを対比する手法をとってきた。しかるに、今回はひろく「日本の民衆」に対するメッセージであり、その民衆が「火の中に連れ込まれる」とまで発言した。

 ここでいう「火」とは、自然発生的なものでは毛頭ない。台湾独立を阻止し、統一を実現するために中国が否定することはない「武力の行使」の結果としての「火」だ。要は、「いざとなったら日本人を中国が殺します」と言ったに等しいのである。

 挑発的な発言を繰り返し、しかもその対象を特定の「反動分子」から「日本の民衆」に拡げている。このような言動に含まれる中国の意図、メッセージを我々日本社会は正しく理解する必要があるだろう。任国に駐在する大使がその国の民衆を戦火に巻き込むとまで言った発言をした例は寡聞にして知らない。筆者と懇談した某東南アジアの駐日大使は、「なぜ日本政府は猛烈に抗議しないのか」と指摘してきた。こうした反応こそが、常軌を逸した非常識な発言に対する常識的な対応ではないか。

 第三に、こうした中国外交官の発言が如何なる影響を日中関係に及ぼすかという考察も欠かせない。先日、蘇州で発生した日本人親子、中国人女性へのナイフ死傷事件の詳細は明らかにされていではないが、長年の反日教育や中国大使をはじめとする戦狼外交が犯行に影響しているとみるのが至当であり、到底看過されるべきではない。このような事態の推移は、中国大陸において排日・侮日行為が相次ぎ、それに対して日本国内の世論が「暴志膺懲」[12]を唱え、日中戦争の深みへと負のスパイラルに陥っていった過去を想起させずにはいられない。為政者にはこうした歴史観、時代認識も必須だろう。

日本政府の抗議

 この問題について日本国内で大きな議論を惹起してきた要因としては、ここまで事態が深刻化していながらも、日本政府として「厳重な抗議をしている」との認識が国民に共有されるには至っていないことだろう。とりわけ以下の諸点は顕著な謎である。

 呉大使による昨年4月の発言の際にはアジア大洋州局審議官が抗議したことに対して、今回の発言に対しては当初、外務省中国課長が大使館の公使に対して電話で抗議したと報道されている[13]。1回目の発言の際の抗議よりも低位の役職者が抗議したということが相手にどのようなメッセージとなって伝わるかは想像に難くない。1回目の抗議に効果がなかったとしてレベルを上げた抗議をすることが外交の常識であるにもかかわらず、なぜこうした判断がとられたのだろう。最終的には外務次官からも中国大使に抗議したと発表されたが、初動がはたして正しかったのか大いに疑問である。

 同様に、厳重な抗議を申し入れるのであれば、中国大使を霞が関の外務省に招致して、面談で申し入れことが原則である。電話での抗議は、内容が簡素な場合や、急ぐ必要がありどうしても面談が持てない場合に限って行われるものである。2022年8月の中国による弾道ミサイルの日本排他的経済水域への打ち込みの際にも外務省は駐日大使に対して次官が電話による抗議[14]をおこなった。これに対して中国は2010年に尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突した際には、副首相級である中国の国務委員が当時の駐中国日本大使を何度も深夜に呼び出して抗議したとされている[15]。対応に大きなギャップがあるのは否めない。ミサイル撃ち込みに対しては、事案の重要性に照らし、果たして電話で済ませられる問題であったかが問われるべきだろう。これだけ比べてみても、繰り返し行われる中国大使の「火の中」発言は、少なくとも外務大臣レベルが大使を招致して面談で抗議すべきレベルのものであるといえよう。

 最後に指摘すべきは、「政治主導」の姿が見られないことである。駐日中国大使の発言の際には元総理、野党党首などが同席していながら、何ら抗議の声があがらなかったばかりか、鳩山元総理は「日本政府がそれをきちんとやっていれば、台湾問題で中国を挑発することはなく、いわゆる「台湾有事」の事態は起きなかっただろう。」など、中国側の主張を肯定するかのような姿勢を示したと報じられている[16]。であればこそ、現政権は鳩山政権とは立場が違うことを示す必要があったのではないだろうか。

現実的な対応

 日本政府が他国の外交官に対して「ペルソナ・ノン・グラータ」を通告した例としては、1973年、いわゆる金大中事件[17]の際に、当該拉致事件への関与が濃厚であった金東雲一等書記官に対して通告した有名な例がある。この事件は、犯罪行為であると同時に明らかな韓国政府による日本に対する明確な主権侵害であった。

 他方、この事例以外にも日本政府が日本に駐在する外交国の外交官等に対して非行等の理由で退去を要求した例が存在する。例えば、2006年には駐日コートジボワール大使館の外交官が自身の所有するビルの一室を暴力団に貸与したところ、バカラ賭博に使われていたとして摘発され、退去要請された例がある。

 他の事例においては、「ペルソナ・ノン・グラータ」と言う語を明示的に使用せず、対象となる者の自主的な退去を促すことが多く、現実には、このような申し入れを受けた派遣国は対象職員の自主的な退去に応ずるのが通常の姿であるとの含蓄に富んだ指摘もある[18]。「ペルソナ・ノン・グラータ」と通告しなくても、実質的に同様の結果となるやり方があったのではないか、との視点である。

 問題となる言動があるたびに、「日中友好」や「戦略的互恵関係」といったスローガンを掲げて問題を矮小化し、実態の糊塗を図る時代は終わった。相手方が「戦狼外交」に舵を切った今、是々非々で対応を検討し、冷静にかつ毅然として措置を講じていくべきである。

 大使を「ペルソナ・ノン・グラータ」と通告する「荒療治」をカードとして保持しつつ、まずは相手国に自国の意図を正しく理解させることが何よりも重要である。対応する相手のメンツを重視するあまり、低姿勢で対応することでこちらの意図を誤解したり軽視されたりすることも同様にあってはならない。今次駐日大使発言ほど不穏当な発言を看過し、さらなる発言を招くことがあっては、実際に中国がとる行動の閾値を下げてしまいかねない、すなわち抑止が効かなくなることを肝に銘じるべきである。

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